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1940年



 1938年12月に進水したジャベリンは、1940年の5月現在、人間ふうの数え方をすればまだ1歳と半といったところだ。とはいえ産まれたときからこの姿であり、メンタルキューブによる知識量もたいして変わってはいないので、年齢にはあまり意味がない。1939年の就役以来、ジャベリンは戦線に立ち続けている。ただし、最前線に、ではない。

 幾度も戦に参加して自覚があるとおり、ジャベリンの身体はそう頑丈ではない。ジャベリンが特別脆いわけではなく、矮型戦艦が、というべきか。いや、戦艦だとか重巡洋艦だとか空母クラスになると何でできているのかわからないほどに頑丈な矮型もいるらしいが、それはあくまで敵の砲撃や雷撃に強いというだけで、やはり活動時間は短い。そして、少なくとも巡洋艦はすべてジャベリンと同程度の耐久度だと聞いている。

 おまけに、限界ギリギリまで積んでいるはずの砲台も大した威力がない。口径が小さいのだから当たり前だ。たとえば3基ある.45口径連装砲は、量産型の45口径連装砲の1/100サイズで、口径は45インチではなく0.45インチ(約1.14cm)と人間サイズだ。さすがに火薬量が違うので人間が持つ銃よりは威力があるが、戦艦の装甲に比べれば豆鉄砲のようなもので、主力となるのは当てる場所を選べば小型でも相応の効果を発揮する雷撃か、一度接近すれば攻撃し続けられる近接攻撃となる。

 最初の1分間だけなら、間違いなく矮型駆逐艦は最強だろう。砲撃も雷撃も航空爆撃もかわし、接近すれば瞬時に巨大戦艦を壊滅させることができる。だが5分も経たずにその力は衰え始め、10分も経つとぼろぼろだ。20分も経過すれば、一発も被弾していないのにも関わらず全身が酷い怪我に覆われた艦が誕生するというわけだ。一度怪我すると簡単に換装ができるわけもなく、自然治癒を待つしかない。戦場に出れば活躍することは活躍するが、それは相応のコストを支払っているからだ。馬鹿みたいなコストをかけて短時間しか戦えず、被弾せずとも修復期間が必要な兵器に力を注ぐなら、同じコストで量産型が100隻でも製造できるだろうし、そのほうが遥かに強い。

 矮型戦艦がいつ誕生したのか、その歴史は知らない。歴史書に姿を表わすのは第一次大戦後期からだが、おそらくはそれ以前から技術だけはあったのだろうが、単に実戦で運用されなかっただけだろう、とジャベリンは思っている。このコストパフォーマンスの悪さのせいで。

 そんな矮型にも、存在意義がある。軍人はほぼ男ばかりだが、彼らはほとんど服を着ていないような少女が戦うことに興奮を覚えるものらしい。前線に立ち、戦い、どんなに小さくても戦果を上げれば、それだけで士気が上がる。ようは矮型の存在はプロパガンダだ――そう思えば、処世術も心得るようになった。媚びることを覚えたのも、単に戦闘中の反動というだけではないかもしれない。

 今の鎮守府に着任する以前の頃の話だ。「人道的」であることに重きを置くその鎮守府では、人間ではないジャベリンは慰安婦よりも扱いが悪かった。たくさんの人の中で、当時の指揮官に言われた「笑え」という声は今でも鼓膜に焼き付いている。今の指揮官とは違い、そう威圧感のある見た目ではなかった。それだけに、その言葉が、その状況が、ジャベリンには恐ろしかった――そのときの経験が、ジャベリンに媚びた仕草をさせるようになった。

 今の指揮官も何を考えているのかわからないという点では不気味ではあるが、ジャベリンに距離を取ってくれるので余計な気遣いをする必要がなく、干渉もしてこないので気が楽だ。彼の前では無理して愛想良く振る舞う必要がないのは、頭では理解しているのだが、染み付いた習性はなかなか消えてはくれない。

 ともかくとして、矮型とはそういう戦艦だ。ある程度は戦えるものの、馬鹿みたいにコストと手間がかかる、たまに出撃させて適当に活躍させておけば良いだけのお飾り――つまるところ、ジャベリンが活躍しようとすまいと、大勢には影響がない。ただ被弾しないようにしながら一艦でも敵を落としていれば上等なのであり、それ以上のことは期待されていない。そんな自覚があれば、ジャベリンは戦いにおいても積極的ではなかった。もとより「ロイヤルのため」などといって自らの身を犠牲に曝すほど愛国心はない。これまで散々されたことを思っても、ただ穏やかに生きられれば――それが可能なのかはわからないが――良いとすら思っていた。

 だが目の前で沈みゆく船があれば、そうも言ってはいられない。
 1940年5月。ジャベリンはロイヤルから東、大陸上のダンケルクから西の沖合にいた。

 遥か東では重桜とユニオンの戦闘が繰り広げられているらしいが、こちらではこちらでロイヤルは鉄血の軍隊と激しい戦いを繰り広げていた。ダンケルクにはロイヤルを含む連合軍が鉄血軍に包囲されて孤立し、33万人もの兵士が絶体絶命の状態となっていた。このため、僅か数日の間に大量の船舶が集められ、包囲された兵士を救出する作戦が立案されたのだ。

 ダイナモ作戦と名付けられたこの作戦の目的が兵士の救助という人道的行為であれば、それは宣伝として都合が良いらしく、ジャベリンも作戦に駆り出されることになった。とはいっても、大人の男よりも小柄なジャベリンは直接人を救助することはできない。実際に兵士たちを救出するのは800隻を越える船舶で、ジャベリンはそれの護衛となる。

 5月27日に始まったこの作戦は、当初はダンケルクに近づくことすらできず、救出は遅々として進まなかったが、徐々に救出船が増員されるとともに包囲に突破口ができ、順調に兵の救出は進行していった。稼働時間の短いジャベリンは、ときどき洋上に見回りに出ることもあったが、敵の駆逐艦は味方駆逐艦によって対処するようになっており、ほとんど出番はなかった。

 だが5月29日夕刻、ついに悪夢が始まった。

 それが始まったとき、ジャベリンはほとんどない出番の中で人目を避けるために船室に篭っていたが、サイレンの音で飛び上がるように起き上がり、甲板に出た。
「北東の空が血で――」
 その呟きが誰のものだったのかはわからない。だが、同じく東の空を眺めてみれば、まさしく空が血で染まっていることがわかった。夕陽を受けて輝くそれらは、鉄血空軍による重爆撃機群であった。

 護衛の軽巡洋艦による対空射撃が開始されるものの、それでたじろぐ重装甲の爆撃機ではない。
『ジャベリン、出ろ! 船を離れたあとは孤立している敵駆逐艦を叩け』
 館内拡声器による指揮官からの命令に従い、ジャベリンは艦装を装着し投げ槍を握るや、洋上に飛び出した。
(敵駆逐艦を叩けってったって………)
 重爆撃機による爆撃が敢行されようとしているのだ。敵艦はロイヤル軍を包囲しようとはしているものの、爆撃に巻き込まれぬようにと、近くにまでは接近してはこない。包囲突破には撃破は必要だろうが、すぐに攻撃を仕掛ける必要があるとも思えない。とはいえ命令を聞かないわけにはいかず、ジャベリンは海面上を踊るようにして滑るや、目端に点のように捉えていた敵駆逐艦に接近、雷撃の一撃とともに甲板に飛び移るや投げ槍による両断で艦の主機能を奪った。

 敵艦は重爆撃を加えられるロイヤル軍から距離を取っていて、それが油断につながっていたように思う。おかげでジャベリンは接近するまで気付かれず、射撃されなければ回避に余計な集中力を削がなくて良いだけ、敵艦を沈めることに注力できた。

 一瞬のうちに駆逐艦3隻を沈めたとき、背後で爆発音がした。頭上を既に過ぎていた爆撃機の落とした爆弾が避難兵が逃げまどう砂浜を、未だ加速していない船舶が漂う海面を、そしてロイヤルの救助艦を叩いたのだ。ジャベリンは鉄血艦に接近していたため、被害はなかった。しかし救助本隊は酷いものだ。船体が折れた船がいる、赤く染まった海がある、泣き叫ぶ兵士がいる。

 上空の爆撃機編隊は、緩やかに旋回して再度爆撃を行うつもりらしかった。海に落ちた兵士を拾ったり、航行能力を失った船を引き上げるのは、ジャベリンの得手ではない。馬力でいえば、ジャベリンは同名の量産型駆逐艦と同様の仕事ができるが、身体が耐えられるかどうかというとそれは別問題だし、最大の問題点は下が海面だということだ。足元を固定できるものがある陸上ならともかく、踏ん張りが効かない海上では重い側に引きずられてしまう。

 であれば、彼らを守るためにこの状況でジャベリンができることはひとつしかなかった。

 破壊した鉄血の駆逐艦を体操の踏み台のようにして、後方宙返りでロイヤル艦隊のところまで戻るその最中、ジャベリンは残っていた雷撃をすべて空に向けて放った。落ちてくる爆弾に比べれば遥かに小さなその雷撃は、しかし狙い違わず着弾した。重爆撃機の爆弾は空中で爆破し、それがさらに近くの爆弾に誘爆する。完全に爆弾を処理できたわけではないが、ある程度被害を抑えることができた。おまけに自身の爆風を喰らい、爆撃機たちは体勢を崩したり、互いにぶつかったりしてしまった。
(危なかった………)
 幸い、空中で爆破させることで生じたの降り注ぐ欠片と熱くらいのもので、下方の船団に大きな被害はなかった。もしクラスター爆弾やナパーム弾だったら、空中で炸裂させても危なかったかもしれないが、通常の爆弾だったのが幸いだった。今回の爆弾で大きな被害を受けた艦はないらしい。

『ジャベリン、貴様何をやっている』
 通信機から怒声が聞こえてくる。指揮官の声だ――彼の乗っていた艦も無事だったらしい。
「何って……爆撃の処理を――」
『馬鹿者が。雷撃で爆撃の処理ができるか。貴様は駆逐艦の掃討に注力しろ』
 実際、できている。馬鹿だと言われる筋合いはない。それに、遠距離にいる駆逐艦より、もっと先に撃退しなければならない相手がいる。
(上だ………)
 まだ、生き残りの爆撃機が再度旋回して戻ってくる。だがもはや雷撃はなく、先ほどのように無理矢理空中で誘爆させることはできない。ジャベリンは艦装を脱ぎ捨てた。艦装にくっついている無線機のことは忘れることにした。

 近くの戦艦の上へと飛び移ると、それは最初にジャベリンが乗っていた船だった。中央部が些かの被害を受けており、船は沈みこそしていなかったものの、だいぶ風通しが良くなっていた。おかげで、中央から指示をする指揮官の顔も見られた。四角い顔はいつもどおりだったが、爆弾の衝撃を受けてぶつけでもしたのか、額が切れて顔は血だらけだった。それでも、すぐに死ぬほどではないだろう。
「待て、ジャベリン――」
 という彼の声が聞こえた気がしたが、無線越しでもないのに中央部から甲板へ声が届くほど彼の声は大きくないはずだし、ジャベリンもそこまで耳は良くない。だからきっと、空耳だろう。

 縮ませたままの投げ槍を甲板に突き刺して踏み台にし、三倍に伸びる勢いを加えてジャベリンは跳躍した。既に雷撃を撃ち尽くし、艦装も外していれば、身体は軽く、爆撃のために高度を下げていた爆撃機の高さまで簡単に到達した。爆撃機の先端に着地すると、その重鈍な機体を操っているふたりのパイロットと窓越しに視線が合う。

 槍は踏み台に使い、艦装は外し、雷撃は撃ち尽くした。であれば、ジャベリンの武器は、もはやこの両手と両足だけだった。

 だからジャベリンはその両手で窓をぶち壊すや、パイロットたちを引きずり出し、外に投げ捨てた。投げ槍で船体を断ち切ったり、雷撃で爆破させたことはあるが、この手で直接人を殺したのは初めてだった――ジャベリンの手は震えたが、それでも身体は止まらない。コントロールを失った機体から次の機体へ飛び移ると、ジャベリンは無防備な爆撃機への攻撃を続けた。


明らかにいつもの疲労骨折、剥離骨折とは違っていた。大腿部からクリーム色の脂肪やピンク色の筋肉が覗き、白い骨が突き破って出てきていた。完全骨折で、筋肉も神経も酷い状態だと博士に言われてしまった。「よくもまぁ、ここまでやったものだ」と嘆息する彼はどこか嬉しげで、痛み止めにモルヒネを支給してくれた。

 両足がぼろぼろなので、さすがに杖をついても歩けない。というより、手も固定具だらけなうえに包帯でぐるぐる巻きなため、杖が握れないし、松葉杖を脇に挟んでも脇が痛い。なので、博士の押す荷台車で指揮官室まで連れていかれることになった。荷台の上で体育座りになりながら「これはさすがに恥ずかしいな」とジャベリンは思った。

 久しぶりの鎮守府の指揮官室は、清々しいまでにいつも通りだった。指揮官も、変わらぬポーズで机に座っていた。違うのは、彼の額に包帯が巻かれており、そうでない場所にも治りかけの傷が浮かんでいたことだ。ダイナモ作戦で受けた傷が、まだ治りきっていないらしい。骨折や筋断裂こそ未だ完治していないものの、軽い火傷や切り傷程度なら戻って来る過程で治ってしまったジャベリンとしては、人間とは傷の治りが遅いものだな、と思ってしまう。「男前になったではないか」などという皮肉を思いついたが、もちろん口には出さない。

 指揮官は椅子から立ち上がって歩み寄って来る。指揮官室で彼が下半身を見せるのは二度目であったが、やはりちゃんと足がついている。当たり前だ。それを考えるだけで、ジャベリンの中には笑いがこみあげてくる。
「博士、ジャベリンの状態は」
「こちらに」
 博士から報告書を受け取った指揮官は、幾つかの質問を投げかけた。博士が回答し、また指揮官が質問をする。それが続いている間、ジャベリンは欠伸をしていた。
「博士、ご苦労。もう戻りたまえ。ジャベリンは部屋に送り届けておく」
 と言って、指揮官が博士を部屋から追い出したあと、彼は荷台車のジャベリンに向き直った。

 何を言われると思いきや、飛んできたのは平手であった。銃弾や爆撃に比べれば大したことがない衝撃だったが、理不尽な打撃となれば、それだけで衝撃的だ。とはいえ、理不尽に殴られたのは初めてではない――この指揮官に殴られたのは初めてではあったが。
「貴様は英雄気取りか」
 傷と包帯だらけの顔で指揮官は叱責した。己の命令に、ジャベリンが背いたことに。

 確かにジャベリンは先のダイナモ作戦の際、彼の命令に背いた。駆逐艦の対処ではなく、空中の爆撃機を撃退するために空へと跳んだ。実際に対処できる爆撃機は少なかったが、空まで跳躍してくる〈機械荒らしグレムリン〉には脅威しか感じなかったらしく、撤退に追い込むことに成功した。だがそれが、この指揮官には気が喰わなかったというわけだ。

 ジャベリンは大人しく、叱責を受けるままでいた。何を言われようが、ジャベリンの行為も、その結果も変わらない。

 散々の罵倒の後に部下が呼ばれ、ジャベリンは部屋まで送られた。小さな部屋には、珍しく寝台と洋服棚以外の物があった。郵便のマークの入った箱だ。その中に入っていたのは、手紙である。ダイナモ作戦で救助された兵士たちからの。

 ロイヤルのダイナモ作戦は成功した。逃げられない兵士もいたし、多くの兵器は取り残されたままだった。それでも、生き延びた人間たちがいた。爆撃機を撃退したジャベリンの姿を見た彼らが、感謝の手紙を送ってきたのだ。

 特に多かったのは新兵からの手紙だ――これは階級の低い彼らが逃げる順番は最後だったので、ジャベリンがいなければまさに絶体絶命だったからだろう。
『あなたは天使だ。とても強く、可愛いらしい』
 改めて手紙を眺めると、そんなことさえ書いてあったので、笑ってしまう。何が、天使だ。大袈裟なやつだ。彼も軍人ならば、きっと男だろう。もしかつての鎮守府のような場所に所属していて、ジャベリンが当時と同じような扱いを受けていたら、逡巡すらせずに簡単に陵辱に加わることだろう。だが、いまはそうではない。彼らはジャベリンのことを、単なる道具ではないと思ってくれている。

 手紙を抱いて、ジャベリンは眠った。その日は夢を見た。ふわふわとした毛の長い猫を追い回す夢だった。

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