13-033C《投げ斧の達人》
「最後まで勝負を捨てるな! 投げていいのは、お前の手にあるそいつだけだ!」
~投げ斧部隊の戦士長~



「あれは間違いなく決闘だったね」
 とのちにバウシー・マウンテン(32歳)は述懐する。

「ひとりは若い女だった。ひとりは、っていうか、両方とも、かも。いや、もうひとりは、若いというか、なんだろうな、ありゃ、よくわからん。まぁ、とにかく、ひとりは若い女だったんだ。おれと同じくらいの年頃の、どこにでもいるような女さ。黒い髪に、焦げ茶色の瞳で、でも服はボロボロだったし、旅人かと思えば軽装すぎるようにも思えた。馬に鞍も乗せていなかったしね。
 で、もうひとりのほうさ、問題は。見た目は若い――というか、最初の女よりも幼いくらいに見えるし、小柄なんだがね、なんだか気配が異様なんだ。まぁそもそも花柄のワンピースに帽子を被った三つ編みの女が、あんな長い銃を持っている時点で異様なんだけどさ、それだけじゃなくて、なんだか威圧感もあって。
 最初は特に気にも留めていなかったよ。おれも、町のほかのみんなもね。あいつらは銃を持っていたけど、まぁ、最近はメレドゥスの動きが活発だし、野党も多いからね、武装くらいするだろうさ。
 やり取りは少しだけ聞こえたよ。三つ編みのほうが、『彼女が憎かったのですか?』と訊いた。黒髪のほうが、『憎かった、嫌いだった、あの人を取られたくなかった』と答えた時点でピンと来た。こりゃ痴情の縺れだねって。
 で、そこから先は決闘さ。辺りは騒然としたもんだ。ああ、ちゃんと風車は回っていたし、転がり草タンブルウィードも転がっていたよ。
 え? 結果がどうなったって?
 一瞬だったよ。長銃をまるで拳銃みたいに扱うんだ。ああ、銃声のあとに立っていたのは三つ編みのほうだけだった。死体を馬に載せて、すぐに去っていったよ。あとで聞いた話じゃ、あの女は召喚英雄らしい。だからだろうな、人ひとり殺したっていうのに、怯えも涙も見せないんだから」


 馬の嘶きがふたつと来れば、二人連れの旅人だ。常なら宿酒場を構えている以上、旅人は金の出所であり、厄介事だと思ったりはしない。
 だが金のベルを鳴らして酒場サルーンの扉が開いたとき、召喚英雄《ベル・スタァ》は顔を顰めずにはいられなかった。
「ごめんください――あら、ここはあなたの店だったのですね、〈山賊女王バンデットクイーン〉」
 栗色の三つ編みに古風なワンピース姿。拍車付きのブーツ以外は戦う姿に見えないその恰好と、ベルを〈山賊女王〉と呼ぶ女となれば、ひとりしかいなかった。
「〈魔弾の射手フリーバレット〉………」
「わたしを〈魔弾〉と呼ぶのはやめていただけませんか?」
「だったらおまえも〈女王〉はやめろよ」

 このまま叩き返そうかとも思ったが、ベルはずかずかと店内に踏み込んできて、カウンター席に腰かけた。しかも、店の唯一の給仕が勝手に上着を受け取ってしまった。
「あら、可愛らしい子。気が利きますね」とベルは給仕に微笑みかけ、店内をゆっくりと見回した。「素敵なお店ですね、ベル。壁があるし、屋根もある」
「褒める気がないのか、頭の螺子が吹っ飛んでんのかどっちなんだ」ベルは大袈裟なくらいに溜め息を吐かずにはいられなかった。「おまえ、ここのことを知っていただろう」
「〈ヤンガーズ・ベンド〉ですか? いいえ、そんな………」
「じゃあなんで店の名前を知っている」
「入口に札がかかっていたではないですか。見てはいましたが、まさかあなたの経営する店だとは思わなかったというだけです」
 ここまで堂々と嘘を吐く女はそうそういない。ベルはこれ以上の追及を諦めた。
「注文しろ。面倒なものは頼むな」
「店主が乱暴だから、他に客がいないんですね? とりあえずバーボンを」
 この女はお嬢さまのような顔をして〈無法者アウトロウ〉のようなものを頼む。実際に経歴を考えれば、お嬢さまと呼べる出自なのはむしろベルのほうなのだが。

「アニー……あんた、国を出てきたな?」
 ウィスキーの瓶から琥珀色の液体を注ぎ、アニーの前に乱暴に置く。
「そういうことになりますね。少々探し物があって、国にはいられなくなりました。まぁ、いまは国がキナ臭くなっているのでちょうど良い機会でしたが」
「これで立場は同じ、ってわけだ……で」とベルはアニーの陰に隠れるように縮こまっていた、彼女の同行者へと水を向けた。「嬢ちゃん、あんたは?」
「え?」
「注文だよ。ふたりで頼むのはひとつだけか? おい」
「あの、じゃあ、お茶を………」
 ベルは舌打ちをした。お湯を沸かすのが面倒くさかったからなのだが、注文をした少女はびくりと震えた。
「乱暴ですね、まったく」とアニーが酒を飲み干して諫めた。「そんな態度だから閑古鳥なのですよ……あ、お代わりお願いします。あと何か食べるものを。美味しいもので」

 いろいろと言いたいことはあったが、ベルはそれを口にする前にアニーの反応を考え、諦めた。〈魔弾の射手〉という女は真面目に相手をするだけ損なのだ。大人しく頼まれたものを作る。
 しかし背中から投げかけられた問いかけがまったく意外なものだったので、無視するということには失敗した。

「ベル、ちょっと尋ねたいのですが……あなたは憎しみで人を殺したことがありますか?」
「あ?」
 キッチンからカウンターを振り返るのも面倒で、ベルは声だけ返してしまった。
「わたしはありません。それで、だから、疑問なのですが、人を殺す動機として、憎悪だとか、嫌悪だとかはありえるのでしょうか?」
 茶を淹れ、カウンターに戻り、アニーの同行者の前にカップを置き、アニーを一瞥して舌打ちをし、キッチンに戻る。
「知らねぇよ。じゃあおまえはなんで殺してきたんだ?」
「自衛と金のためだと思っています」
「自衛はまぁわかるが、金は良いのか」
「人を殺すときに、善悪はありません。いえ、殺すのは一概に悪だと思っています。悪ですが、そうしなければ生きていけません。何かを殺さずして、肉を喰らうこともできませんから。生きるためです。欲のためです。身体が欲するのです。であれば、仕方のないことでしょう。
 だから是非を問いたいわけではありません。疑問なのです。憎しみで人を殺そうとするものなのか、と。だって、なんにも得がないじゃないですか」

 料理をカウンターテーブルまで持っていき、ふたりの前に置く。ベルは自分のコップも用意し、そこにバーボンを溢れるまで注いだ。
「ないか?」
「ないでしょう」
「すっきりするだろ」
「すっきりします?」
「とりあえず五月蠅いのがいなくなれば静かになってすっきりするとは思う」
 現時点で殺したいのは目の前の女だ。
「静かにさせたいだけなら自分がそこからいなくなるか、相手を退かせばよいだけで、殺す必要はないじゃないですか。むしろ殺すと、死体が残るし、血と肉で汚くなります」
「あ、そう。で、なに?」
「もし憎悪で誰かを殺せる人間がいるのならば……わたしにはその人物の心は理解できません。ですから、そうなった人間はもう駄目だと思います」
 アニーの言葉を頬杖をついて聞きながら、ベルはアニーの隣に座る少女へと視線を伸ばした。彼女は茶に一口つけただけで、それ以上はカップにも、持ってきた料理にも手を伸ばしていない。酒場に入ったときからずっとフードを被りっぱなしだ。
「で?」
「そうじゃないなら、まだ大丈夫です。わたしは、わたしには……バッファロー・ビルがいました。ワイルド・ウェスト・ショウを教えてくれたあの人が」
「……で?」
「憎しみで人を殺したと言った人物がいました。ですがわたしは、彼女が本当に憎悪で殺したとは信じられません。なぜなら、彼女には舫がなかったからです」
 アニーは語った。貧乏な家に生まれた少女のこと。幼くして奉公に出されたこと。頼る者のいない中でびくびくしながら過ごしていたこと。ひょんなことからメレドゥスの王と親しくなったこと。一方的な感情を持ち続けていたこと。それが奪われたこと。
「メレドゥスの王は、彼女にとっての舫でした。心を繋いでおくための命綱だったと思うのです」
 メレドゥスに連れ去られたオルバランの〈夜露の神樹姫〉が死んだ、という話はベルの耳にも入ってきていた。だから、アニーが語った内容はおおよそ掴めた。
「だから、その命綱を奪った者を殺すのは憎悪ではなく、自衛だと?」
「わたしはそう思うのです」
「ま……あんたがそう思うなら、勝手だろう」と厭な予感を感じながらベルは言った。
「ですよね」とアニーは少女めいた顔でにっこりと花のように微笑む。「それでですね、ベル、あなたに頼みたいことがあるのです。この子の世話です。ここは〈ヤンガーズ・ベンド〉なのですよね? よろしくお願いします」

〈ヤンガーズ・ベンド〉。犯罪者たちの逃げ込み場。逃亡者たちの仮宿。それはその通りで、しかし話が急すぎる。
「おい待て馬鹿」
「置いておいていただける間の宿賃はこちらに置いておきますね。あ、酒と料理代も。馬は一頭は置いておきますから、お好きなように使ってください」と言うなり、アニーはさっさと身支度を整え、給仕から上着を受け取ってしまう。
「待てと――」
 言っても無駄だった。くそ、こいつがこういう女だとはわかっていたのに。ベルがカウンターから出るまえに、アニーの姿は酒場から消えていた。

 カウンターに両手を吐き、大きく溜め息を吐く。幸いなのは、アニーの置いていった金が十分にあることだ――偽札でなければ、だが。
「あんた……名は? あと、怪我してる?」
 とベルが訊いたのは、フードを被った少女が胸元を抑えていたからだ。
「怪我は、えっと、大丈夫です。距離があったので。名前は、あの……アニーです」
「アニー?」
「えっと、アニー・アンです……アンと呼んでいただければ」
 そうさせてもらおう。アニーはあの《アニー・オークレー》だけで十分だ。もう〈魔弾の射手〉の顔は見たくないし、名前も聞きたくない。ベルは己のコップにバーボンを乱暴に注ぎ、呷った。

(終)


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