小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代3/Turn7《赤力の護符》


11-050C《赤力の護符》
「過ぎた力はときに災いを、黄金の勇気はときに幸いを呼ぶ。」
~ドワーフの戦士のことわざ~



 転がり草(タンブルウィード)が《黄金の宿命 アルマイル》の目の前を通り過ぎていったからには、冷たい風が吹き始めていた。近くの林までもを薙いでいく、刃物のような風だった。
「あなたの目的はなんだ」
 頭に銃口を突きつけられたまま、身動ぎせずにアルマイルは問いかけた。すぐには撃たれない。それはわかっている。《ベル・スタァ》が求めているのは魂石化の力だからだ。その使い方がわからない限りは、アルマイルの頭を撃ち抜いたりしないと理解しているからだ――手や足になるとわからないが。

「わかるでしょ? あいつを殺すんだよ。〈ワイルド・ビル〉だ。でも殺せないから、いまお嬢ちゃんがやったみたいに、石の中に閉じ込めたいんだよね。いまの、何?」
「魂石化だ」
「魂石化、ね。ま、名前はなんでもいいよ。それで……その石、寄越してくれる?」
「これはスウォードの魂石だ。渡せないし、これがあってもあなたに魂石化は使えないと思う。わたしにも使えないが」
 がん、と音がして目の前で星が舞った。土の上に倒れてから、銃把(グリップ)で頭を殴られたのだと気付く。転がされたうえから拍車付きのブーツで頭を踏みつけられた。
「もしもし? お嬢ちゃん、あんた、自分がいまさっき何やって、何を言っているかわかってる? 目の前でやってみたでしょ、その魂石化だとかいうのをさ。それなのに、わたしにも使えないって、なにさ? ねぇ、聞いてる? あんた、馬鹿なの?」
「魂石化は技術だ。誰にでも使えるものじゃないし、わたしだってついさっきまでは使えなかった。そして、わたしの魂石化には黄金が必要だ――だが、手元には黄金がない」
「は?」
 上のほうから頓狂な声が聞こえた。踏みつけられたままでアルマイルはさらに言ってやった。「わたしが持っていた黄金は既にスウォードの魂石になった。だからもう、あの男を封じるための原石としては使えない。それとも――あなたは黄金を持っているか?」

 しばらくの間、逡巡するような間があったが、踏みつけられているアルマイルにはブーツの底とスカートの中の下着しか見えず、《ベル・スタァ》がどんな表情をしているのかは予想がつかなかった。
「お嬢ちゃん、あんたが言っていることが本当だって証明できる?」
「それはできないが、嘘を言うメリットはわたしにはない」
「つまり」とベルが冷たい言葉を紡いだ。「あんたは役には立たないっ、と……。じゃあ話は簡単だ。お嬢ちゃん、あんたを〈ワイルド・ビル〉のところに連れていく」
「あの男が約束を守ると思うのか?」
「守らないでしょうね。ま、それでも隙はできるさ。死体でいいかな」
 撃鉄が起こされる音が聞こえた。あとは引金を引くだけで、ベルの銃がアルマイルの頭を砕くだろう。アルマイルは〈デッドマンズ・ハンド〉ではない。撃たれたら終わりだ。
「――あの子を助けたいのであれば、わたしは協力できる。あなたに、だ。魂石化はなくても、斧がある。剣もある。死体よりは動く。あの男が信用できないのであれば、あなたはわたしの協力を仰ぐべきだ」
「仰ぐべきだ……ね。ずいぶん偉そうに言ってくれる。お嬢ちゃん、あんた、自分の立場がわかってるの?」
「撃たれようとしている。それがわかっているからこそ、あなたを説得している」

 また逡巡の間が生まれた。ベルが考え事をしているのはわかるが、彼女の決断の行先は彼女にしかわからない。だがアルマイルは祈りさえしなかった。やることはやった。言うことは言った。だからあとは、なるようになるだけだからだ。

 足が頭の上からどけられたが、ベルが手を差し伸べてくれることはなかった。自力で起き上がる。手を頭にやると、血が出ていた。さきほど銃把で殴られたせいだ。ま、大した傷じゃない。撃たれたわけでも、切られたわけでもないのだから。
「とりあえず、やるだけやってみるかな」と起き上がるアルマイルを見て、ベルは言った。
「勝算はあるのか?」
「お嬢ちゃん、あんたの力が使えないんじゃ、わりと絶望的だね」とまったく悲壮感のない調子でベルは応じる。「なんだっけ? 黄金が必要? 勘弁してよね」
「事実は事実だ。もう少し街に近い場所なら、魂石化に使える程度の黄金なら調達できるんだがな」
「これでいいの?」
 声とともに、ベルがスカートの下から何かを取り出して投げてきた。アルマイルがキャッチすると、それはずっしりと重たい金色の銃だった。六連装の回転式拳銃(リヴォルヴァー)に見える。ベルが先ほどの戦闘で使っていたものと同じものだろうか。
「わたしは銃は使えない。斧と剣でいい」
「違う。黄金だよ」
「は?」
 アルマイルは己の手に握っているものを見下ろす。一見して、それは真鍮構成(ブラスフレーム)の銃だが、言われてみれば真鍮にしては重すぎる。
「表面はちょっと加工してあるけどね、木製の銃把以外はほとんど金だよ。それなら、使える?」
「あ、ああ……。これなら、質量は十分だ。魂石化に使えるだろうが……なんだ、これは? 金の銃なんて、使えるのか?」
「阿呆か、使えるわけないでしょ。すぐに変形しちゃうよ。銃の形してるのはガワだけ。黄金そのままで持ってるより、日用品の形にしたほうが盗まれにくいんだよ」
 盗人対策ということか。意外と儲かっているのだな、とサルーンを見回して意外に思う。
「魂石化すると黄金としては売れなくなるが……いいのか?」
「あんた、オルバラン王家のお姫さんなんでしょ? 〈ワイルド・ビル〉が狙っているくらいなんだ。本当なんだってのはわかる。だから――だから、ちゃんと使ったぶんは返してよね。それはツケでもいいから……。さて、まだ時間はあるな。とりあえず……傷の手当てと、あとは着替えかな。小便臭くてたまらない」
《ベル・スタァ》が言ったので、アルマイルは鼻をひくつかせた。そのとおりだった。

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