小説ラスクロ『ペチコートを着た悪魔』/時代2/Turn6《闇呼びし黒念の呪具》


11-108U《闇呼びし黒念の呪具》
弱き者には、さらなる蹂躙を。強き者には、さらなる隆盛を。
それが、この地の弱肉強食の流儀だ。



「ばっ」
 馬鹿な、と〈デッドマンズ・ハンド〉言い切るまえに、スウォードの返す斧がその顔面を襲った。正面から髭もじゃの顔を二つに割られてもなお、召喚英雄は死ぬことがないらしい。だが彼には銃がない。武器がない。腕がない。銃と握っていた腕は丘を転がり、森の中へと消えていった。
 撃たれたり切られただけならともかく、切断された部位が離れてしまったとなれば、そう簡単に再生できるものではないらしい。ならばこのまま細切れにでもしてやれば、ひとまずこの男を抑えることができる。そんなふうにアルマイルも《ベル・スタァ》も思ったことに気づいたのだろう。〈デッドマンズ・ハンド〉はスウォードを蹴り倒して距離を取るや、残った隻腕でその場で動けなかった小さな身体を掴んだ。
「レリー!」
 安宿〈ヤンガーズ・ベンド〉の従業員である長い銀髪の吸血鬼の少年の名をベルが呼ぶが、髭面の〈デッドマンズ・ハンド〉は軽々と少年を抱え、林へと逃げていってしまう。
「このっ」
《ベル・スター》はとてつもなく汚い言葉を吐き出し、近くに転がっていた襲撃者の死体から投げナイフを抜き出すや、遁走する〈デッドマンズ・ハンド〉に投擲した。ナイフは狙い違わず〈デッドマンズ・ハンド〉の背中に刺さった。刺さったが――それだけだった
「〈山賊女王〉。その姫さんとこいつを交換だ。明日の正午に南の駅馬車の停留所で会おうや」
 逃げ去った林の中から一度そんな宣言が聞こえてきて、それきり静かになってしまった。《ベル・スタァ》の舌打ち以外には。 

「スウォード、大丈夫なの? スウォード!?」
 アルマイルは蹴り倒されたスウォードに駆け寄った。一見して、彼は心臓を撃たれ、眼球を撃たれ、頭を撃たれており、つまり、致命傷だ。だが、先ほどまでは怪我などまったくないかのように戦っていた。だから、よくわからないけれど、きっと、きっと――。
「お嬢ちゃん、もう死んでるよ」
 そんな希望を持つことは、《ベル・スタァ》は許さなかった。
「だって、だって……さっきまで――」
「見りゃわかるでしょ? 頭割られてんだ。死ぬわ、そりゃ。いや、心臓撃たれた時点でもともと死んでたかもね。ただ動いていただけで」
 それよりも、くそ、あの野郎だ、どうしてくれよう、などと銃に弾丸を装填しながら敵を罵倒する《ベル・スタァ》の声はもはや鼓膜を打っても心には響かなかった。

(嘘………)
 アルマイルが触れると、スウォードの身体は力なく崩れ落ちた。薄く開かれた左目には力はなく、右目があった場所には黒々とした空洞が空いていて、その中には赤い血と白い骨、黄色い脂肪とピンク色の脳の破片が見えた。アルマイルは嘔吐したが、己のこの反射的な行動が視覚的な気味の悪さによるものなのか、スウォードが死んだという事実に精神的に打ちのめされたことによるものなのかわからなかった。
「スウォードが、死んだ………」
 アルマイルは吐瀉物の付着した己の鼻の穴と口元を拭った。刺激臭が鼻をつき、また嘔吐しそうになる。死ねば肉の塊で、生きていても腹の中は目を背けたくなるものばかりが入っている。皮一枚剥いだ先にあるのはただの肉袋だ。
 それでも、スウォードはアルマイルを守ってくれた。
 死を覚悟しながらも。
 実際に死んでも。

 アルマイルは――アルマイルは、自分は父のような〈黄金覇者〉にはなれはしない。そう思っていた。いまもそう思っている。
 そのことはどうでもいい。なぜならば、いまのアルマイルを守ったのは〈黄金覇者〉の父ではなかったからだ。スウォードで、ただの人間だったからだ。アルマイルは彼のことを尊敬していて、それで――忘れたくない。そう思った。
 スウォードの手には未だアルマイルの斧が握られていた。死してなお、彼の力強さを証明するかのように斧の柄には彼の指が食い込んでいて、外すのに苦労した。斧の柄の先に埋め込まれているのは、黄金。重みを増すこと以外には装飾の意味合いしか持たず、ただそこにあるだけの無意味な塊。それをアルマイルは殴りつけた。
 魂石化。
 それはかつてレ・ムゥにも存在した、魂の力を石に刻む力。小太陽の恩恵を得る技術の発展にともない、人は魂を残すことを忘れた。技術は失われ、魂石化はその名と知識、それに僅かな魂石だけが残った――そしてアルマイルは知識として知っていた。魂を石に刻む行為は、もともとは魂石から力を得るためではなく、故人を悼むために行われていたのだということを。
 赤陽の輝きが周囲を包んだ。光が収まったあとには、スウォードの遺体は消え、アルマイルの斧からは赤鉄色の塊が落ちた。かつては黄金だった塊が。
「スウォード、わたし……忘れないよ」
 アルマイルは両の手で、スウォードの魂石を握った。

「へぇ、いいね、いまの……どうやっての?」
 妖艶な声とともに、冷たい銃口がアルマイルの頭に突きつけられた。
「その石かな。あいつにも効きそうだ。ね、それ……頂戴?」





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