アメリカか死か/16/04 The Pitt -4

「いや、これはなんたる偶然だろう。まさかLynnとRitaが友人だったとはね」Ashurは満足そうな調子で笑顔を向けてくる。「いや、彼はきみのことを探していて、わたしのところに辿りついたのだよ。きみのことを、ひどく心配していた」
 Ritaは視線だけでLynnに問いかけた。そうなのか、と。
 Lynnは頷いて、「Citadelをきみが抜けだしたあと、追いかけてきた。この場所は、奴隷商人たちから聞いた」
「はじめ彼は、わたしがきみを監禁しているのではないかと疑っていたのだよ。いや、それだけ大事に思っているということだろう。彼の態度は並々ならぬものだったからね。いやぁ、若いというのは素晴らしい」
 とAshurは身振りを交えて朗々と話す。Ritaはその中に、どこか作られたような明るさを感じた。
「ところで質問をしていいかな? きみに、このPittに来るように言った人物を探しているんだが、Wernherの居場所を教えてくれないかね?」

Challenge: Speech (46%) → SUCCEEDED

 なんのことだ、とRitaはぎりぎりのところで、急なAshurの言葉に対して反応ができた。たぶん、しぜんなものになっただろう。


「きみがあくまでしらを切るつもりなら、わたしが何を言っても無駄なのかもしれない。だが、きみもわかっているんじゃないかい? あの男が、信頼するに値しないということが」
 とAshurはあくまで、確信を持っているかのように言葉をつづけた。
「もしきみがわたしに協力してくれるというのなら、きみをわたしの代理として働いてもらうことにしたいんだが……」
 RitaはしばしAshurを見つめた。Power Armorと思しきスーツを身に纏った、壮年の男の姿を。
「ひとつ……、いや、ふたつ訊きたい」と前置きしてから、Ritaは問う。「あんたはBOS出身か?」
「よくわかるな。ああ、このPower Armorのせいかな? 随分とぼろぼろになってしまったが、わたしの命を何度も守ってくれた。ああ、そうだ。わたしはBrotherhood of Steelの一員だった。その技術を使って、このPittを開発してきた」
「じゃあもうひとつ質問だ。あんた、G.E.C.K.を持っているか?」
「GECK?」
「わたしは、というか、わたしたちは、G.E.C.K.というものを探している。どういうものかはわからないが、戦前の遺産だ。Wernherからは、G.E.C.K.を持っているかもしれない人間に心当たりがあると言われたので、協力することにした。GECKは戦前の遺物で、あんたがBOSらしかったから、あんたがWernherの言ってた心当たりがある人間だと思った。以上だ」
「なるほど。残念ながら、わたしはGECKというものを知らないし、持ってもいない。悪いね」
 肩を竦めるAshurの様子は、嘘を言っているようには見えなかった。

「とりあえず、これでWernherに協力する理由は無くなった」Ritaは両手を挙げてみせる。「だが、あんたに協力する理由も無い。そもそもWernherの居場所は知らないし。だから、協力はできない」
「わかりやすいね」Ashurは満足そうに頷く。「それについては……、奥の研究室でWernherたちが治療法と呼んでいるものに関して、Sandraから説明を受けてもらえば、きっと理解してくれると思う」
 こちらだ、と言ってAshurが奥へと続く通路へと案内しようとしたとき、息を切らせて奴隷監督官のひとりが駈け込んで来た。


「Ashurさま! Wernherによって奴隷たちが武装蜂起を始めました!」
 その言葉を聞いても、Ashurは顔色を変えなかった。もう来たか、と呟き、頷いただけで。

「すまないね、Rita、Lynn。わたしは少し用ができた。鎮圧に出てこよう。奥にSandraがいるから、彼女から説明を聞いてくれ」
 と言うや、机に立てかけてあった長銃を担ぎ、外の通路へと向かう。
「待て」その背中に向けて、Ritaは呼び止める。「あんた、わたしたちをここに残していくのか?」
「安心していい。防衛システムは稼働しているし、外にも見張りをつけておく。武装蜂起した者たちも、ここまでは入ってこれまい」
「そういう意味じゃない。わたしたちは、まだおまえに協力するなんて言っていない。それなのに、わたしたちを放っておいてしまっていいのか、ということだ。ここはあんたの本拠地だろう」
「その通りだ。それだけではなく、わたしにとって、何よりも重要なものもある」Ashurは振り返り、やけに白い歯を見せて笑った。「だが、きみたちのことは信頼しているんだよ。Lynnはともかく、きみはインディアンだろう。有色人種だ
 だからなんだ、とはRitaは言わなかった。Ritaはインディアンで、Ashurは黒人だ。どちらもカラードだ。なんという古い観念だろう。
 Ritaには、Ashurの言葉が冗談なのか、それとも本心なのかがわからなかった。

 Ashurはそのまま外へ行ってしまい、RitaとLynnは顔を見合わせた。
「どうする……、って、なんで笑ってんだよ」
「いや、変な格好だなぁ、って」半ば笑いをこらえた様子で、Lynnは視線を逸らして言った。
「五月蠅い。こっちは奴隷まで貶められてたんだ。畜生め。さっさと話を聞きに行くぞ」

 Ashurの案内しようとしてくれていた通路を抜けると、小さな部屋があった。大型の電子計算機を備え付けた部屋で、中には白衣を着た女性がひとり立っていた。視線を僅かに下げ、その表情は微笑んでいるように見えた。
 RitaとLynnが近づくと、彼女は驚いた様子でこちらを振り向いたが、やがて警戒を解いたようだった。


「あなたがAshurが言っていたひとたちね……」と白衣の女は理知的な声で言った。「良かった。わたしのMarieを奪うようなひとたちが来るんじゃないかと思ってたから……、あなたたちなら、信頼できそう。わたしはSandra。Ashurのもとで、Pittの医療研究をさせてもらってる」
「Ashurからあんたに話を聞けって言われた。治療法について聞けって」
「わたしの可愛い天使のことを、そういうふうに呼ぶのはやめてほしいわ」
 と、Sandraはあからさまにむっとして見せた。
 これはいわゆる科学の僕で、GrayditchのFire Ant騒動のときのEgg-Headと同じ類か、バクテリアだか細菌だかを天使だと呼ぶのか、とRitaははじめ、そんなふうに考えた。

 どう反応するか迷ってLynnを見ると、彼の視線は部屋の端に向いていた。そこには卵を横にしたような形状の機械があり、いまはそれが割れ、中が見えていた。中に入っていたのは黄身ではなく、赤ん坊だった。


「この子がMarie……、奇跡の子よ。彼女には、Pittの汚染に対しての先天的な免疫があるの」
 Sandraの言葉は、Ritaたちに衝撃を与えるのに十分だった。

「Pittの汚染というのは、あの、肌がぼろぼろになっている病のことか」
「そう。もっと進行すると、Trogになる。でも」とSandraは両の手を胸の前で合わせる。「Marieはそれを変える力を持っているの。ううん、この場所だけじゃない。もしかすると、Marieの力は、ほかの放射能汚染にも及ぶのかもしれない」
「あんたは……、その子を実験動物として扱っているのか?」
 Ritaは問いかけながら、己の腰元の銃へと手を伸ばした。返答如何によっては、SandraからMarieを奪うつもりだった。もともとWernherから頼まれていたように。
 だがSandraは怒りを露わにした。「そんなわけないでしょう? この子はわたしの大事な子。わたしの天使よ。もちろん、この子の力がPittに広まれば、Pittの病は根絶できる。だから彼女の免疫については研究しているけれど、それはけっして彼女に危害がないようにしている。普通の赤ん坊よりも、彼女の立場のほうが何倍も安全よ。それは、保証できる。わたしにとって、誰よりも、自分の身よりも大事なのが、Marieなんだから」
 まくしたてるSandraの様子は、嘘には見えなかった。

 Ritaは去り際のAshurの表情を思い出した。彼も、言動こそ胡散臭くはあったものの、嘘は吐いている様子は無かった。
 彼は見抜いていたのだろう。Ritaが、Marieのことを知れば、協力したくなると。
 確かにその通りだ。Ritaは協力したくなった。Marieを、Wernherのような人物の手から守りたくなった。いかに便利な免疫を持つとて、幼い子どもを危険には曝せない。

 彼女は、Lynnと同じだ。Marieの力はPittの汚染限定のようだが、人々を救う力を持っている。己の身を犠牲にすることで。だがRitaもSandraも、それを好まない。だから、彼女を守りたがっている。
 それは当事者であるLynn自身も同じだろう。そう思って振り向いたRitaの目の前には、真っ黒な影があった。


「Lynn……」
 おまえ、何を。
 そう問いかける前に、LynnはMarieの卵形保育器を引っ掴むと、持ち上げていた。そして、部屋の外へと向けて走り出した。
「Lynn、おまえ……」
 おまえは、わかっているのか。何をしているのか、わかっているのか。


 Sandraが金切り声をあげて、Lynnの脚に向けて銃を撃った。だがその弾丸は誰を傷つけることもなかった。
 黒い影は卵を抱えたまま、護衛の奴隷監督官たちを飛び越え、外へと駆けて行った。


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