小説ラストクロニクル/『東京ローズ』/時代1/Turn1 《貂蝉》


5-009S《貂蝉》
美は、英雄の破滅に用いられるならば、ときとして刃や毒酒に勝る。

Turn 1

 山際が赤く染まれば、それが戦いの終わりの合図となる。
 太陽が地平線の下に隠れるからだ。その上空の大気が一生懸命に光を届けようとしても、僅かな視界しか確保できなくなるからだ。篝火を焚きながら戦うのは困難だからだ。
 
 となれば、視界の覚束ぬ夜は兵たちにとって安らぎの時間であった。
 
 無論のこと、夜襲の危惧はある。それは頭の片隅に置いておかねばならない事実ではあるが、しかしそのための備えはしている。物見台の見張り番は、相手がゼフィロンのスワントであっても見逃したりはしない。彼らの見張りの眼を信頼していればこそ、夜は安寧の時間となっていた。

 この戦いでも、それは同じだった。少なくとも、昨日までは。
 場所はアトランティカ中央よりやや北。グランドールにとっては最大の敵国であるバストリアの南方領域である。敵は巨大な《突撃屋オーク》や不気味な《虐殺森のスケルトン》、悪臭を放つ《黄泉帰りの死者》などで、グランドールの兵士たちはいつも以上に疲弊していた。
 しかし汗と血の匂いに煮炊きの煙が混じり始めれば、それまでうつ伏せになって地の味を確かめていたような兵士でさえ、両の足を動かして仮造りの兵舎に集合するのだ。夜は安寧の時間であるとともに、食事の時間でもある。
「これで良い女でもいれば、文句は無い」
 そんな台詞はどこの兵舎でも出てくる話題で、それは神聖国家と称されるグランドールでも同じだ。いうまでもなく、戦場に女は少ない。

 戦争がどの国でも同じく殺戮を主体とするものであるように、兵士はその殺戮を司る存在だ。武器を手にし、敵を殺し、そして奪う。金や女を奪うのは、兵士の権利であった。
 戦場に出るような兵士は貧乏であり、また戦場に女は少ない。だからこそ兵士たちはいきり立ち、奪うために敵を殺す。殺して奪う。殺して犯す。国と国とが争っているとはいえ、末端の兵士からしてみれば、それだけのことだ。

 そういえば、とほかのテントより大きな幕を張った食堂で、発言をするものがいた。「女の兵士が、聖王家の命令で聖都に集められてるって話だぞ」
「ああ、そりゃはおれも聞いた」
「うちのとこなんて、女の子がいたのに聖都に連れて行かれたぞ。まったく、折角の癒しをなぁ」
「兵士やってる女なんて、どうせ《タグ荒野のオーク》みてぇな顔なんだろ」
 ひとりの男が言うと、どっと笑いが起きた。女がいないからこその話題、女がいないからこその笑いである。
「で、なんで女の兵士なんか集めてるんだよ」と話が続く。
「そりゃ、決まってる。お妃さま探しだろう? あの道楽王子のさ」
「なんだよ、王子さまは前線で戦うような筋肉女がお好みか?」

 そんな会話は、何の介入も無ければ食事が終わり、札遊びに興じ、寝るまで続いたことだろう。
 が、その日はそうはならなかった。
 切っ掛けとなったのは、とある兵士の目敏さだった。食堂の入り口に、何かが落ちているのを発見した。拾い上げてみれば、それは人間の頭より少し大きいくらいの球体だった。色は、もとは白だったようだが、薄汚れている。ところどころに継ぎ目が見え、網目のようになっている部分があるからには、人工物であることはわかるが、何に使うものなのかはわからない。見た目より、不思議なほど軽かった。
「なんだ、そりゃ?」
 とほかの兵士も興味を示して集まってくる。
「さぁ………? なんかの道具っぽいけど」
「なんかアレだな、理力ってやつに似てないか?」
 とひとりの兵士が発言する。

 理力。最近になってバストリアを占拠した一団が手にした力で、ロジカとも呼ばれる。グランドールでは理力に関連するものは御法度だが、バストリアでは違うという。
「兵棋みたいな機械らしいぜ。理力ってのは」
「それだけじゃなく、もっと色んなことができるってのも聞いたよ。覇力を発生させたり、遠くの人間と通信したりだとか」
「じゃあ、これもそういうもんだってのか? でも、なんでそんなもんが落ちてるんだよ。グランドールのものじゃないだろ」
「確かにそうだが、じゃあバストリアのものだっていうのか?」
「なんでバストリアのものが落ちてる? プレゼントってわけじゃあないだろう?」
「じゃなければ………」

『爆弾だ!』

 誰が言ったのかもわからぬその一言で、そのテントのみならず、グランドールの陣地は大騒ぎになった。爆弾の報が一瞬で伝わり、兵士たちは我先にと逃げ始め、陣は崩れ、人は押し合いになり、やがて崩れた。爆弾と思しき球体は投げ出された。それがまさしく爆弾ならば、きっとその衝撃でこの地一帯が吹き飛んでいただろう。
 だがそれが爆弾などではなかった。むしろ鈴だった。 

 くすくすという鈴の音のような声は、やがて大爆笑に変わった。
『あぁ……、面白かった。みなさんとっても楽しいですね』
 その声は、理力による構造物と思しき球体から発せられていた。
 女の声である。
『グランドールのみなさん、こんばんは。わざわざこんなところまでご苦労様。大変だったでしょう?
 こんなふうにみなさんが頑張っている間に、あなたの恋人や奥さんたちはほかの男といちゃついているんだから、可哀想ね。
 あなたたちはみんな、ここで死ぬことになっちゃうのに

 夜は安寧の時間である。少なくとも、少なくとも……、昨日までは。


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