決戦前夜/時代2/Turn2 《呪殺》


3-091 《呪殺》
弱さは魂の死をもって代償とする。それがバストリアの掟だ。


 バストリア王都壊滅から遡ること数ヶ月。動くこと僅かに南方。

 人伝てに聞くところでは、バストリアという国は、陽の光が射さず、いつでも真っ暗で、スケルトンやゾンビがうろついていて、酷い悪臭がする、醜い者たちしかいない、そんな国なのだという。

 が、住んでいる当の国民としては、その風評は間違いだらけだということはわかっている。
 極北の地である以上、確かに日照時間は短いが、夜があるように昼がある。
 スケルトンやゾンビがいるのは古戦場や魔女の森、でなければ軍の《不死兵団》や《腐肉の巨兵》くらいで、住んでいるのはほかと変わらぬ人間や亜人種ばかりだ。他国ではオークは珍しいだろうが、すべてが《乱暴者オーク》というわけでもない。
 寒さに凍える大地はゾンビ発生地帯を除けば、不潔な臭いがするどころか、むしろ澄んだ空気が漂う。
 そして醜い者だらけというのも間違いだ。それはこの場に来てみれば、誰もが認めるところだろう。

「アル、アル!」
 バストリア王都から南。春の訪れを感じさせる野の中で、ダークマテルのような艶やかな髪を翻しつつ、小柄な影が走り寄っていた。
「見てください、見てください!」
 影は女だった。というよりは、少女か。表情は幼く、立ち振る舞いにもあどけなさが残っている。
「捕まえました!」

「姫………」
 野の大木に身体を預けていた男は、走り寄ってきた少女の抱えているものを見るや、額に手を当てて溜め息を吐いた。
 彼女が両手で包み込むように持っているのは、半ば眠っているように瞳を半目にした、巨大な蛙だった。
「すっごくでっかいです!」
「それは何よりなんですが、一国の姫として、蛙を捕まえて喜ぶのはいかがなものでしょうか」
せっかくピクニックに来たのに、アロンドはずっと木陰で本なんか読んでいるから、つまらないんじゃないかと思って蛙を捕まえてきてあげたのです」
「それはどうも。ですが、わたしはこれで楽しんでいます。蛙は逃がしてあげましょう」

 アロンドに促されて、フィーはしぶしぶと蛙を野に放った。

「あれはリャブー族の王子ですね。きっと逃がしてくれたことに恩義を感じ、今日明日にでも姫と婚姻のためにやってくるでしょう」
「え」
 そ、それは厭ですね、とフィーの表情が引き攣る。
「もし来たら、アル、断っておいてください」
「冗談ですよ。蛙とリャブーは違います」

 いくら贔屓目で肯定的な見方をするにせよ、バストリアの大地はほかの国々と比べれば、冷たく、暗い。
 バストリアは幾つもの小国が群雄割拠としていたところを、突如として頭角を現した黒の覇王によって統一された場所だ。国というよりは連邦といってもよく、ゆえに他国と比べるとその結束に差がある。
 反乱を企てたり、他国に亡命しようとしている者も少なくはなく、だから黒の覇王が地元の豪族に直々に働きかけることもある。今回の遠征も、その一環である。
 そしてフィーとアロンドは、それにピクニック気分でついてきた。いまも小都市の傍の草原で、春の陽射しを楽しんでいるところだ。
 アロンドとしては、どちらかといえば城の図書館のほうが快適なのだが、フィーにとっては太陽の下が好ましいようだ。
 
 フィー、フィルメリア王女は、バストリアには似つかわしくない女だった。
 母を病で早くに亡くし、父親である黒の覇王に花よ蝶よと育てられたせいかもしれない。天真爛漫で人を疑うことを知らない。覇王の裏の顔も知らず、今日は単に話し合いに来ただけと思っている。

 覇王が彼女を溺愛しているのは、単にその面影を残す妻を亡くしたからだけではないだろう。
 フィーの身体には、生まれたときから呪いがかけられている。
 かつて覇王が火炙りにして殺したダークエルフの魔女にかけられた呪いだった。

 フィーの外見年齢はどう見ても十代前半。
 だが彼女の実年齢は30を過ぎているのだ。

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