アメリカか死か/11/03 The Water of Life-3

「昔からあの子はやんちゃでね、Vaultには同い年の子がほかに数人いたんだけど、殆ど餓鬼大将みたいなもんだったね。母親がいなかったからなのかな。成長すれば大人しくなるもんかと思っていたけど、いやぁ、なかなか性格ってもんは変わらないもんだね」
 右手の指が淀みなく動いてキーボードが叩かれる。足は忙しなく動き回り、左手では書き物をしながら、視界は目の前の幾つもの計器の間を往復している。そのうえで雑談までしてくるのだから、Jamesという男は凄い。いまの話は、彼の娘であるRitaの話題である。


「あの、ちょっといいですか?」
 とLynnが言うと、Jamesは視線をモニタに向けたまま、「なんだい? 誕生日パーティーのときにあの子がケーキをほかの子に叩きつけた話が訊きたい? あ、ドライバー取ってくれる? マイナスの小さいやつ」と言った。
「いや、質問なんですが………」とLynnはドライバーを渡して言った。
「ああ、成る程ね。質問はいいけど、前も言ったけど、一日一回だよ。ゆっくり思い出したほうが良さそうなもんだからね。何が訊きたい?」
 そう訊かれて、Lynnは迷った。訊きたいことは、たくさんある。もちろん自分のこと、自分の家族のこともそうだが、彼が何をやっているのか。目の前の施設がどんな役目を持つのか、などについても興味があった。もっとも、それらに関しては、質問という形でなくてもJamesが教えてくれそうなものだが。

 LynnとJames、それにRivet CityのDr. Liとその研究室の科学者数名は、Jefferson記念館に来ていた。Jamesのかつての研究室があるという建物である。
 この場所に来た理由は簡単だ。
「Lynn、少し手伝ってくれないか? ちょっと古い研究室の機械を動かしたいんだ。人手があると助かるんだけど」
 と、Jamesに頼まれたからだ。特に現在の目的が無かったLynnは、彼の手伝いを承諾したのだ。


「そう言ってくれると助かるよ。Project Purityは、ある意味、きみにとっても無関係ではないからね………」
 それはそうだろう、とLynnは思った。Project Purityとは、放射能で汚染された水を浄化するプロジェクトだという。誰だって水は飲む。それが放射能で汚染されていないほうが嬉しいのは同じだ。
 だが、ある意味、とはどういう意味だろうか。Lynnにとって、浄化された水は何か特別な意味があるというのか。彼の変身の秘密が隠されているのか。

 Jefferson記念館中央の巨大な浄化槽らしき装置に向き合っているいま、Lynnはそれについて尋ねてみようと思ったが、なんとなくJamesにはぐらかされるような気がした。


 そうして出てきた質問が、「ココペリがインディアンの精霊だって言ってましたけど、いったいどういう精霊なんですか?」という質問だった。
「それ、一日一回の質問でいいの?」
「えっと、まぁ………」
「いちおう言っておくと、ぼくもこういう昔の伝承に関しては、人伝てに聞いたに過ぎないからね」と前置きしてからJamesは語り始めた。「ココペリっていうのは、いろんな土地に渡って種を蒔いて、笛を吹いて成長を促すっていわれてる精霊だよ。あ、ペンチ取って。ラジオペンチ」
「豊穣神ってことですか」とLynnはラジオペンチを渡す。
「うーん、豊穣神というと、ちょっと仰々しいね。精霊だからなぁ……。たとえば基督教だと、神はひとりで、絶対的なものだろう? 奇跡を起こすのは神か神の子で、それ以外は悪魔だ。でもほかの民族では、神とされるものが複数ある場合があって、そういう場合はもう少し脆弱だね」
「脆弱?」
「そういう言い方はなんかあれだけど、弱いっていうのかな……、環境が酷くなれば死んじゃうような、ふつうの生き物みたいってこと。精霊信仰っていうのは、だから環境保護的な部分があるんだよね」言いながらJamesは作業を続けていたが、ラジオペンチとドライバーを投げ出して、パネルを叩き、悩ましげな顔。「流量コントロールのポンプを調整するために、メインフレームにアクセスする必要があるな……。Lynn、話途中で悪いけど、ちょっと頼まれてくれるかな?」


 Jamesが頼んできたのは、メインフレームのあるコンピュータ室へのアクセスの確保だった。Lynnは承諾し、地下階へと降りた。下層の機械を操作する。その階層には、かつてRitaが倒したのであろう、Super Mutantの死体が転がっていた。
『インディアンというと、そういう民族がいるみたいに思われることも多いけど、実際には違うんだよね』とインターホン越しに、Jamesの話は続いていた。『インディアンというのはアメリカ先住民の総称だからね。ヨーロッパからの移民が始まる以前、アメリカ大陸には多くの民族がいた。言葉も、文化も、宗教も、まったく違うたくさんの民族がね。
 ココペリはちょっと特殊で、そうした違う民族の文化圏でも見られる、珍しい精霊なんだ。だから、旅をする精霊なんて言われることもあったみたいだ』
「そういえば、奥さんがインディアンだったんですか?」
 流量コントロールパネルを操作しながら、インターホン越しにLynnは尋ねる。
『さっきも言った通り、インディアンっていう民族や人種は存在しないんだよ。ただ、彼女はそうした文化や伝承について知識のある人だった。さっき語ったぼくの知識は、大部分は彼女から聞いたものだよ……、って、いつの間にか二つ目の質問になってるね』
 Jamesはそんなふうに言って、苦笑した。とはいえ、Ritaの外見から察するに、彼女の母親であり、Jamesの妻であった人物は、赤い肌の血を引いていたのだろう。


 流量の操作を終え、次にメインフレームへと向かいたいのだが、その前にメインフレームへの送電盤のヒューズを交換する必要があった。一階、Jamesのところへと戻る。
「ヒューズの交換はできるよね?」
 ヒューズの束を渡すJamesに、Lynnは頷いてやった。それくらいなら、楽勝だ。
 そんなふうに言うLynnをじっと見つめ、Jamesはこう問いかけてきた。「そういえば、Rivet Cityで聞いたのだけれど、Megatonの不発弾を解体したのがきみだっていうのは、本当かい?」

 Lynnは曖昧に頷いた。ああ、本当だ。事実だ。だが、曖昧な肯定になってしまったのは、その行為が正義の行いだということを自覚しているだけ、それを肯定するのが浅ましいことのように感じられてしまったからだった。
「Lynn、きみがしたのは、とても誇らしいことだ」



「そのときは金欠で……、お金が欲しかっただけなんです」
 正直にそう言うと、Jamesは手を止めて振り向き、にやりと笑った。「Lynn。正義というと、とても高尚な、あらゆる害悪や誘惑を断ち切って、ただひたすらに正しい道を貫くことのように聞こえるかもしれない。でも、ぼくは正義というものについて、こう思う。道がふたつあって、その中でより善い道を行くことだと」
 Jamesの話しぶりは、諭すようなそれではなかった。世間話、というよりむしろ、馬鹿話をするような言い方で、つまりが押しつけがましさはなかった。
「新しい方法を模索したりする必要はないんだ。小さなことでも、それがより善いことなら、なべて善良に進んでいくことなんだからさ。きみがしたことは、不発弾を解体する道と、解体しない道があって、理由はどうあれ、きみは解体する道を選んだ。それが正義だよ」


 Lynnは受け取ったヒューズを持って、再度地下階へと潜った。配電盤を開き、ヒューズを付け直す。不発弾の解体に比べれば、簡単な作業だった。メインフレームのある制御室に入ることができるようになる。装置を起動させると、機械に赤い光が点った。
『こっちでも確認したよ、ご苦労さん』とインターホンからJamesの通話が入ってくる。『あとは、バルブを開けるだけだ。これで最後だ。頼むよ』


 Lynnは使用されていない排水溝を下る。外は夕暮れ空だった。外に面したパイプのバルブを開く。
(Project Purityか………)
 これで水を浄化するという、Jamesの研究が実るという。それは汚染された水ばかりのCapital Wastelandの人々にとって、大きな変化を齎すだろう。
「Project Purityは、ある意味、きみにとっても無関係ではないからね………」
 だがJamesはそう言っていた。Lynnにとっては、また別な意味があると、そんなことを示唆するように。
 彼の言葉は、いったいどういう意味だったのだろう。


 ぼんやりと夕暮れを眺めながらそんなことを考えていると、聞き慣れない音が響いた。
 規則正しい風切り音。漆黒の回転翼を携えて、巨大な飛行機械がやってきたのだ。


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