天国の前に/06/80日目 但馬守柳生石舟斎、臥龍について語ること

1245年6月10日
80日目
但馬守柳生石舟斎、臥龍について語ること


  • 名 黒川十兵衛
  • 性 大柄な男
  • 力量 16
  • 属性
    • 体力21, 敏捷14, 知性8, 魅力6
  • 技能
    • 【体力】 鋼の肉体1, 強打3, 強投1, 弓術7
    • 【敏捷】 武器熟練2, 盾防御0, アスレチック1, 乗馬4, 馬上弓術4, 略奪4
    • 【知性】 訓練0, 追跡術0, 戦略0, 経路探索2, 観測術0, 荷物管理1, 治療0, 手術0, 応急手当0, 技術者0
    • 【魅力】 仏門4, 芸能1, 統率力3, 取引0
  • 熟練度
    • 弓184, 長柄武器154, 投擲101
  • 具足 傷んだ星兜, 錆びた大立拳臑当, 重厚な小手, 粗雑な脛臑当
  • 武装 十文字槍, 鍛え抜かれた神楽, 重藤弓, 大袋入りの腹繰矢
  • 馬 気性の荒い鹿毛馬
  • 敗北数 2


 師、黒川十兵衛は囚われた己を救うために、里見家を離れたらしいという話を聞いて、柳生宗厳は申し訳ない思いでいっぱいになった。
「おまえのためではない。人に仕えるというのに嫌気がさしただけのことよ」
「しかし、先生……」
「ああ、五月蠅い。何か申し訳ない思いがあるなら、せいぜい腕を上げろ」
 と、万事がそんな調子である。


 十兵衛の言葉が本心なのか、里見家を抜けてからというもの、人に仕える様子は無い何処からか士官の話があっても、すべて断っていた。
 縛られなくなって気楽になったかというとそうでもなさそうで、万事機嫌が悪い。御前試合などに出ることがあっても、優勝したあとはすぐに城を立っている。


 が、ある日は違った。
上泉信綱どのという方に会った。いやぁ、あれは素晴らしい方じゃ」
 やけににこにことして、気持ちが悪いほどである。
「どなたですか?」
「おまえ、知らんのか。まったく、剣聖と呼ばれたお人じゃ。剣術の天才じゃ。おまけに人ができておる。あれぞ武士ぞ。おまえ、あの方に弟子入りするべきだ」
「どんな方かは存じ上げませんが、わたしは先生を師と決めましたので」
「まぁどっちにしろ、弟子入りにも厳しい試験があるというから、おまえには無理じゃろうな」

 弟子入りを破棄されるのではないかと思ったが、そんなことはなかったので、宗厳はほっとした。

 その日、十兵衛と宗厳が訪れたのは山内上杉領の忍城であった。特段、御前試合があるというわけではなく、人に会う予定があるでもなく、単に立ち寄っただけだ。こういう場合、たいてい十兵衛はひとりで酒を飲みに行く。今日もそうだった。だから心配なぞしていなかった。
『甲賀忍びに注意されたし』
 そんな書簡が旅籠に差し込まれてさえいなければ。

 師、黒川十兵衛は近江国出身の甲賀忍びらしい。宗厳が想像する忍びとはまったくといっていいほど、十兵衛という男は鷹揚であるため、宗厳は忍びのことを話半ばに聞いていた。
 だがこの書簡はいったい何なのか。誰に宛てたものなのか。
(忍びに、注意されたし)
 忍びに。

 宗厳は刀を携えて走った。
「わしの弟子なら弓を使え」
 そう言われて、できるだけ刀は持たぬようにしていた。だが今日ばかりは長物に脇差と二本差しにして走った。


 そして宗厳は、酒場の路地裏で倒れている十兵衛とその傍らでいまにも刀を振り下ろさんとする黒装束の男たちを発見した。
「先生!」
 宗厳は叫ぶ。人数は3人。


 十兵衛に最も近い黒装束に向けて、脇差を投擲する。頭に脇差が突き刺さった男は倒れる。
 それに気にも留めないように、残りふたりの黒装束が動く。
 刀を抜いて飛びかかってきたひとりを切り倒し、もうひとりが投げつけてきた苦無を切り伏せた男の身体で受け止める。一足で間合いを詰め、最後のひとりを切り伏せる。

「先生、ご無事ですか!?」
 と刀を収め、宗厳は十兵衛に駆け寄った。背中が血だらけだが、切られたふうではない。苦無が刺さっている。
「先生!」
「宗厳か………」
 と十兵衛が薄ら目を開ける。意識を取り戻したようだ。
 背中の傷は深いようだが、致命傷ではない。ほっと安堵する。
「やつらは、どうした」
「3人までは切りましたが………」
「それで仕舞いじゃ。よくやった」
「いったい何があったのですか?」
「甲賀の抜け忍狩りじゃ」と言って十兵衛は小さく笑う。「わしも耄碌したわ。まさか今頃来るとは思わなんだ……」
「大丈夫です。傷は……、すぐに手当てをすれば、大丈夫です。いま、運びます」

 宗厳は早速十兵衛を背負い、街を駆けた。夜風に吹かれ、花が散っていた。
「宗厳よ、おまえ、切られたか?」
 と背中から十兵衛の声がする。
「いえ……、無傷です」
そうか。やつらは刀で切ったのか?」
「ええ、はい、申し訳ありません。その、弓を使う余裕が無く……」
「おまえはやはり、弓より刀のほうが才があるな」と十兵衛は言いきった。「宗厳よ。わしが死んだら、諸国を巡り、剣の師を探せ。戦などやるのは無駄だ。己を磨け」
「先生、何を弱気な……」と宗厳は笑ってやる。「傷は死ぬほどではありません。大丈夫です。わたしは先生の弟子ですよ」
「雪が降っておるな」
「雪?」宗厳は空を仰ぐ。降りしきるこれは、雪ではない。花だ。「花びらですよ」
「雪じゃな」
 それきり、十兵衛は黙った。

 医者の元へと駆けこむと、十兵衛は息絶えていた。
 甲賀忍びが毒を用いていたことを、宗厳はようやく気付いた。


 黒川十兵衛という存在は、ふたりの若者に大きな影響を与えた。

 ひとりは杉谷善住坊。
 織田信長が天下統一に向けて戦いながらも、未だ一大名であった頃、金ヶ崎の戦いの岐路にあった信長を鉄砲により暗殺を謀った。信長に敗北した六角氏による依頼だったといわれる。信長に捉えられ、首まで埋められたのち、鋸引きの刑に処された。
 当時としては鉄砲による暗殺というのは非常に珍しい行為であり、また相手が将来天下統一を目前まで成し遂げる織田信長であったこともあって、彼の名は後世まで伝わった。

 もうひとりは柳生宗厳。
 伊賀にとっては隣国にあたる大和国出身のこの若者は、のちに剣聖として謳われた上泉信綱に弟子入りし、一国一人の新陰流印可を受ける。晩年の官位は但馬守。石舟斎という名でも知られる。
 宗厳の継いだ新陰流は「柳生新陰流」と俗称され、彼の子である柳生宗矩は約1万石ながら藩主となり、さらには徳川将軍家兵法指南役となる。
 またその孫、三厳柳生十兵衛の通り名で知られ、さまざまな講談に姿を現し、快刀乱麻の活躍を見せる。


 だがふたりに影響を与えた黒川十兵衛という男に関しては、どんな歴史書を紐解いてみても記述が無い。
 それもそのはずで、彼は竜になったのだ。人の歴史書に、姿は見えない。

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