アマランタインに種実無し/05/04 Fun With Pestilence-4

 Azaleaは敬虔というほどではないが、日曜に用事がなければ教会に行く程度には信心深い基督教徒だ。だから、磔の像を見慣れている。
 目の前にあるのも、やはり磔だった。
 見慣れた基督の像と違うのは、それが石造りではなく、かつて生きていた人間であったということだ。警官の服装をしている。


「若い女の匂いがする………」
 耳元で聞こえてきたぞっとするような低い声に反応し、Azaleaは跳んだ。身体全体を下水に浸してしまったものの、一撃で首が胴体から離れるという、あまり歓迎したくない結果を迎えずに済んだ。

 いつの間にか目の前に、男が立っていた。
 Jezebel Lockeに続く、ふたりめの伝染病の原因に間違いない。

 Azaleaがこの下水道にやってきたのは、伝染病のさらなる原因を突き止めるために、ブリキ缶拾いのBillというホームレスから、「マンホールから出てきた化け物」の話を聞いたためだった。Billは化け物に襲われ、病になった。そしてAzaleaの目の前で死んだ。

 目の前にいるのは、まさしくBillが形容した通りの化け物だった。
 禿げた頭に金色の目、尖った耳にはごてごてしいピアス。顔は崩れ、傷口からところどころピンクの肉が覗いている、そんな醜悪な容姿の男である。
 背丈はAzaleaと変わらない程度に低いものの、まるでボディビルダーのように膨れ上がった筋肉が全身を包んでおり、両手の先には人狼のような爪が生えている。吸血鬼だ。


「第九の輪が解かれるぞ!」
 男は吠えるなり、飛びかかってきた。
 寸でのところでBlood Shieldを展開することができたものの、男の爪はBlood Shieldを貫いた。ただの爪ではない。吸血鬼の力を持った爪だ。傷の治りが遅い。長期戦は危険だ。


 そう判断したAzaleaは、再度叫ぼうとした男の口に腕を突っ込んだ。
 Blood Strikeを男の口内に撃ちこむ。頭が爆ぜ、脳味噌をまき散らし、男は動かなくなった。

 ピンク色の肉片がこびりついた腕を、男の頭から抜く。吐き気を感じる。実際に、吐いてしまう。病ではない。ただただ、薄気味悪い。気分が悪い。
 血と吐瀉物と脳漿が交じり合う下水の表面に、何かが浮いていた。四角いカードのようである。Azaleaはそれを拾い上げた。

Gained: Brotherhood Flyer


「"I am Enlightened”……?」
 見覚えのないカードであったため、AzlaeaはLast Roundに戻り、街の住人であるDamselにそのカードについて訊いてみた。
「このカードについては知らないけど……、このマーク」とDamselは文字の上に描かれた、太陽と髑髏を混ぜあわせたようなマークに注目した。「街のところどころに描かれてるよ」


 言われてみれば、確かにAzaleaにもそのマークには見覚えがあった。てっきり街のチンピラが描いたのではないかと思っていたが、違うということか。

(まるで道標みたい)
 実際に街に出てそのマークを辿ったAzaleaは、ある建物に辿り着いた。裏路地の先にあるその建物は、まるで隠れているように感じられた。


 入り口のドアは意外にも鍵が掛かっていなかった。しかも中に入ってみると、病院の窓口のような場所で受付をする男の姿があった。
「ようこそ」とサングラスを掛けた受付の男がにこやかに微笑んだ。「聖別を受けたいのですか?」
 一瞬躊躇仕掛けたが、Azaleaは例のマークが描かれたカードを取り出し、男に差し出した。「よろしくおねがいします」
「あなたを新たな世界に歓迎します」
 と男は行って、奥のドアを開けた。どうやらこの対応で正解だったらしい。


 ドアの奥へと進む。通路は静まり返っている。受付の男はついてこなかった。何もいない。二階へと進む。
 階段のところで、Azaleaは人影を見た。これまでJezebelや下水道の化け物など、数々の恐ろしい吸血鬼と相対していたAzaleaは、得体の知れない人物に出会ったときは警戒するようになっていた。

 だが現実は想像を超えていた。
「ゾンビ………」
 土気色の皮膚。口の端から落ちる血。はみ出した内臓。
 その人物は、まさしくゾンビとしか形容できない容姿であった。足取りもおぼつかなく、しかしAzaleaを獲物と認めたのか近づいてくるのだから、たぶん行動もゾンビだ。人狼も、幽霊も、下水道の化け物もいるのだから、いまさらゾンビくらいで驚くものではないのかもしれないが、Azaleaはじぶんが発したのが信じられないような、まるでB級ホラー映画に出演したポルノ女優みたいな声をあげてしまった。


 階段を引き返して逃げようとするが、いつの間にか階下はゾンビで埋め尽くされている。戻るより、前に進んだほうがましだ。ThirtyeightとBlood Strikeでゾンビを蹴散らし、前へ逃げるように進む。
 通路には異常な数のゾンビがいた。開いている小部屋に逃げ込み、ドアを閉め、ほっと息を吐く。

 が、安心するのは早かった。
 木製のドアを突き破り、にゅっと生えてきた腕が、Azaleaの首を拘束した。ドアが破壊され、押しつぶされる。
 倒れたAzaleaの肢体を、屈強なゾンビが押さえつける。細い足を、腕を押さえつけ、口を寄せる。牙を立てる肉を食む。


 AzaleaはBlood StrikeとPurgeでゾンビたちをふっ飛ばした。頭がくらくらする。
(このゾンビ………、吸血鬼と同じだ)
 肉を食われただけではなく、血をも吸われてしまったことに気づいた。不味い。もう血力が使えない。なのに生き残ったゾンビが迫ってくる。

 Azaleaは大きく口を開いた。吸血鬼になってから、ひどく鋭くなった犬歯が姿を現す。目の前に迫りつつあるゾンビの首根っこを引っ掴み、その腐りかけの肉体に牙を突き立てた。血を吸う。
 血が体内に戻り、血力が元通りになったのも束の間のことであった。Azaleaはその場で血を吐き戻した。本日2度目の嘔吐であった。
(なに、この血………)
 飲めたようなものではない。見た目通り、血も腐りきっている。己のものにできない。


「聖別を受けたものの血を吸おうとしたひとは初めてですよ」
 ふらふらになったAzaleaの耳に、そんな声が聞こえてきた。
 声のするほうを見れば、演台のような場所に、いつの間にか男が立っていた。口元を血で濡らした、血の気のない男である。ゾンビではないようだが、吸血鬼だろう。
「ようこそ、迷える子羊よ。わたしの名はBishop Vick。あなたのような存在を救いに来ました」


「あんたがDowntownの伝染病の根っこ?」
 Azaleaはそう問いかけながら、壁に背中を預けて立ち上がる。足が震えた。ひとりでは立っていられない。

「病気? いいえ、聖別ですよ。彼らは浄化され、聖なるものとなったのです。あなたのようなおぞましい生き物とは違うものに。ですが、安心してください。あなたも聖なるものにしてあげましょう」
 そう言うや否や、Vickという男は一瞬でAzaleaの眼前まで移動していた。走ってきたというわけではない。血力だ。
 彼は無造作に構えたショットガンを、Azaleaに向けて撃ち放った。Azaleaは壁までふっ飛ばされて、辺り一面が真っ赤に染まった。
 動かなくなったAzaleaに、ゾンビが群がる。
 満足そうにVickが背を向けた瞬間に、Azaleaの周囲にいたゾンビたちが一斉に弾けた。

 周囲に撒き散らかされた血は、Azaleaの持っていた血液パックが破裂したものである。そしてその血液パックの血は、Azaleaの体内にも吸収されていた
 吸収した血で、一瞬で腹部の散弾銃の傷を修復するや否や、AzaleaはVickに向けて走った。彼は驚愕の表情で、やはり恐るべきスピードで後退しながらショットガンを放ったが、それらはAzaleaのBlood Shieldに弾かれた。


 いくらスピードが速くても、部屋の面積には限界がある。部屋の隅まで追い詰められたVickの喉元に、Azaleaはknifeを突き立てた。


 未だ血液が完全に戻らず、ふらふらとした足取りでLast Roundに戻ってきたのは、未明のことであった。
「Azalea!」とすぐにDamselが声をかけ、椅子に座らせてくれた。「大丈夫?」
 うん、とAzaleaは頷く。
「伝染病が、急に消えたみたい。伝染病の血力を作り出してた大元の存在が死んだからだと思う……。Azaleaがやってくれたの?」
「たぶん、そうなるのかな」
「何があったの?」
 と深刻そうな表情でDamselが尋ねたのは、Azaleaが肉体的に疲弊しているだけではなく、あまりにも疲れた表情をしていたからだろう。

 伝染病を作り出していた根本の男、Vickは、Azaleaによって倒された。
 だが彼に止めをさしたのは、Azaleaではなかった。行動不能になった彼の血を啜り、肉を齧り取ったのは、彼自身が作りだしたゾンビたちである。
 目の前で人が食われていく光景というのは、相手が憎むべき敵であったとしても、生物的な嫌悪感を催される、厭なものだった。いまでも、思い出すと、また吐きそうだ。

 Damselも、Azaleaが目にしたものを言いたくないのだということは、言葉にせずともわかってくれたようだ。
「Azalea……、ほんとにありがと。わたしにできることならなんでも協力するから、言ってね」
 とAzaleaの手を握り、礼を述べてくれた。それが嬉しかった。 


「おい、あいつが戻ったのか?」と2階から降りてきたのはNineである。どうやらAzaleaのことを心配してくれていたらしい。Azaleaを見るなり、「なんだ、大丈夫そうだな」と言った。
「元気ってわけじゃあないけど………」
 言いかけたAzaleaの言葉を遮るように、「うわっ、臭っ」とNineが一歩後ずさった。「おまえ、ゲロ臭いぞ。うわ、ひでぇ、最低だな。やばいわ、これ」

 Azaleaは無言でNineを蹴り飛ばして、Damselに向き直る。
「とりあえず、この近くの服屋を教えてくれる?」

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