アマランタインに種実無し/04/04 Slashterpiece-4

「3分って、あんた………」
 設置したAstrolite入り爆弾のタイマーを起動したAzaleaは、表示された時間表示を見て、思わずそんな呟きを洩らしてしまった。


 場所はSabbatたちの隠れ家、Tungに案内してもらった廃線沿いの工場跡である。
「中央に爆薬を仕掛ければ、建物ごと綺麗に吹っ飛ばせるだろう」
 というTungの助言に従って、Azaleaは中央倉庫のオフィスの机に爆薬を仕掛けたのだ。


 爆弾のセッティングをしたのはMercurioだろうか、それともそれを売っていた集団か。なんにせよ、3分という時間はあまりに短すぎる
 Azaleaは階段を駆け下り、倉庫を出ようとする。途中、何度もSabbatに囲まれたが、せいぜいが銃を持ったGhoulで、Azaleaの血力にひれ伏すだけだった。簡単な仕事だ。逃げ切れさえすれば。


 だが工場のドアが叩き壊して入ってきた人物の姿を見た瞬間、Azaleaは緊張感を全身に滾らせた。
 見た目は野生的な気配を漂わせる、ただの若い男だ。だがその男の両手には、鋭い鉤爪が生えていた。この場所を守る、Sabbatの吸血鬼だ。

「女がひとりか」
 そんな呟きとともに跳びかかってきた鉤爪が、Azaleaの皮膚を切り裂く。


(人狼!?)
 Azaleaは散弾銃を構えて、腰だめに撃ち放つ。人狼が吹っ飛んだ。


 生死を確認せずに逃げる。時間がない。時間が。
 ぼたぼたと血が流れる。人狼の爪によってつけられた傷は、なかなか治らない。

 あと2分。


(開かない!?)
 出口へ通じる通路へのドアが開かない。おかしい。ここから入ってきたのに。誰かが鍵を閉めたのか。

 背後に気配を感じた瞬間、Azaleaはほとんど転ぶように跳び退った。頭の上を鉤爪が通過し、鉄製の扉を切り裂く。
(もう1体……!?)
 扉を切り裂いたのは、やはり人狼である。先ほどの男と人相が違う。もうひとり、この拠点を護る人狼がいたらしい。


 Azaleaは転んだまま、散弾銃を撃ち放った。だが狙った位置に、人狼の姿は既に無かった。
 何処へ消えたのかは、確認するまでもなかった。Azaleaの肩に、人狼の鋭い鉤爪が突き刺さっていた。
 そのまま、釣り針で引っ掛けられるようにして、反対側の壁際まで吹っ飛ばされる。上下が逆になり、頭から地面に落ちる。

 痛みを堪えて起き上がろうとするが、頭を打ったせいか、身体が動かない。
 あと1分。

「弱ぇなぁ」
 人狼がゆっくりと近づいてくる。ぱっくりと口が開き、鋭い牙が覗く。そしてその牙が、無防備なAzaleaの首筋向けてゆっくりと挿入される。
「あぁ………」
 Azaleaは呻き声をあげて、抵抗しようとした。だが血が吸われ始めると、抵抗する意思が失われる。攻撃しようとする闘士ごと吸い取られる。
 両の手を、ゆっくりと持ち上げるのが精一杯だった。

 Azaleaはその手を、指を、血を啜る人狼の両耳に突っ込んだ。
「”Blood Strike”………」
 人狼の頭が爆発した。Azaleaの指先から発射された血弾が耳の穴から侵入し、脳を吹き飛ばしたのだ。


 脳漿と血液に塗れながら、Azaleaは痛む身体を引きずって、必死に逃げた。
 背後で爆発が起きる。
 Azaleaは爆風で吹き飛ばされ、地面に打ち倒された。Astroliteが爆発したのだ。物凄い威力だった。
(終わった………)
 全身は痛んだが、Azaleaは安堵の息を吐いた。今日は何人も殺したし、殺されかけた。だが、終わった。兎に角、仕事を達成することができたのだ。
 Azaleaの目から、ぼろぼろと涙が零れた。
 仕事が達成できた。Princeから任された仕事を。だが、これからどうやって生きていけば良いのだろう。何を頼りに生きれば良いのだろう。もう愛する人とは別れてしまったというのに。

「糞女が………」
 近くで、砂を踏みつける、じゃりという音がした。視線だけ動かしてそちらを見ると、片腕を吹き飛ばされた人狼が立っていた。最初の男だ。
「よくもやってくれたなぁ………」
 片腕を散弾銃で吹き飛ばされた人狼がゆっくりと近づいてくるのは解っていたが、Azaleaは動けなかった。2人の人狼との戦いで、Azaleaは血を流しすぎた。爆発をもろに受けた。もう、動けない。

 殺される。
 Azaleaはぎゅっと眼を瞑った。
 だが幾ら待っても、死はやって来なかった。


 恐る恐る眼を開くと、人狼が倒れていた。喉笛が噛み千切られ、どくどくと血が流れ出ている。死んでいる。
 そしてその死体の上には、真っ白な体毛の狼が立っていた。 
「狼………?」
 Azaleaが呟いた瞬間、しかし狼は、赤く光る眼を持つ革コートを着た男に変わっていた。


「さっきの爆発は、きみかな?」
 と男はにやりと笑って呟いて、Azaleaの脇の下に手を回した。軽々とAzaleaの身体を持ち上げると、廃駅のホームのベンチまで運び、座らせる。


(この男も、人狼………?)
 Azaleaは為されるがままに、男を見ていた。
 彼は目の前に立って、しばらく思案顔をしていたが、ごそごそとコートのポケットを探って、輸血パックを取り出した。ストローを差して、Azaleaの口の前に差し出す。
「ほら、これで楽になるだろ」
 と言うからには、飲めということだろう。だが、飲んで良いのか。この男は、いったい何者だろう。何を考えているのだろう。

「なんだ、飲まないのか? ああ、そうか」と男は手を打つ。「解った。知らないおっさんから食べものを貰わないように言われてるんだろう。偉いなぁ。良い子、良い子。おれの名はBeckett。あんたは?」


「Azalea………」
 子ども扱いされたのには腹が立ったが、怒るほどの元気はなかった。Azaleaは己の名を名乗る。

「Azaleaね。よし、これで知らない仲じゃあないだろう。さて、飲んでくれ」
 と改めて差し出された輸血パックのストローに、Azaleaは吸い付いた。もう考えるのが面倒だった。

 輸血パックを丸々ひとつ空にして、ようやく人心地がついた。ベンチから立ち上がり、再生しつつある傷口を擦る。
わたしのことを助けてくれたの?」
「残念ながら、そうじゃない」とBeckettは肩を竦める。「たまたま同じ場所に立っていた。会話がしたかった。だから邪魔なのを消した。それだけのことだよ。期待させたらすまないがね」
「あなたは……、人狼?」
「人狼程度で驚いているということは、どうやらまだ血族となって日が浅いようだな。若いTremereとは珍しいな」
「Tremere?」
 聞き慣れぬ単語に、Azaleaは首を傾げた。

「そんなことも知らないのか。やっぱり見た目通りのお嬢ちゃんだな。いや、赤ん坊だな」
 と言ってBeckettは喉を鳴らして笑う。馬鹿にされたのは解るが、彼が何を言いたいのか、さっぱり理解できない。
「あなたは……、何者なの?」
「さっきも言っただろ。単にこの場に立ち会っただけさ」と言って、Beckettは背を向ける。「ではまた会おう。若きTremere……、Azalea」

 Beckettは現われたときと同じように、白い狼の姿になった。そして放置された電車やコンテナの上に飛び移って、消えてしまった。
 Azaleaはしばらくその場で体力が回復するのを待って、それからSanta Monicaへと戻った。

1マイル先からでも聞こえるようなでかい爆発だったな。ご苦労さん。良い仕事だった」
 とTungが瘤だらけの顔をくしゃくしゃにして出迎えてくれた。
「あの、Beckettという人を知っていますか?」とAzaleaは仕事のことはそこそこに切り出す。
「Beckett……? 知っているが、どうしてだ?」
「会いました」
 とAzaleaはBeckettに出会ったときのことを話す。
まさか。Beckettはエルダーだ。かなり昔から生きてる血族だよ。そうそう人目に姿を曝すような男じゃあないが……。いや、待てよ」とTungは顎に手をやり、考える表情を作る。「そうか、そういやあんたはTremereだったな。それが関係してるのか?」
「Tremere……、Beckettも同じことを言ってた。それって、なんなの?」
「あんた、そんなことも知らんのか?」
 とTungは意外そうな表情をした。どうやら吸血鬼にとっては、当たり前のことだったらしい。こくりと頷いて返してやる。
「Tremereってのは、一種の魔法使いだな。あんた、血力を集めて血の弾丸を撃てるだろう?」
「撃てるけど……」
「それがTremereのThaumaturgy。っていうか、その一片だな」
「これって、みんなできるわけじゃないの?」
 Azaleaは血力を捏ね繰り回して、血の弾丸を作る。血力を解放すると、血弾はさらさらと溶けていく。
「そうだ。吸血鬼にはいろいろな種類がいる。ちなみにおれはNosferatuだ。特徴は、見ての通りの素敵な外見かな」とTungは自嘲気味に笑う。「良い男過ぎて、何処に行くのも不都合するってわけ」
「それで、Tremereってことと、Beckettが現われたことが、どういう関係があるの?」
「Tremereは数が少ないから、詳しいことは知られてない。おれも、詳しくは知らん。Beckettは古くから生きてる吸血鬼のひとりで、吸血鬼に関して、いろいろなことを調査しているらしい。だから若いTremereのあんたに興味を抱いたのかもって思った。ま、おれの想像だ」

 Azaleaは己の両手を見つめる。血の気のないこの腕は、血を自在に操ることができる。だがそれが、吸血鬼の力の中でも珍しいものだということは知らなかった。
「ま、Beckettの気まぐれかもしれん」とTungは言う。「そのことは良い。あとは仕事のことだな。Princeにはあんたの口から報告するのが良いだろう。Downtownに行ってくれ


(行かなくちゃ、駄目かな………)
 Tungと別れてアパートに戻ってから、Azaleaは大きく溜め息を吐いた。L. A.のDowntownに戻るのは気が進まない。会いたくて、会いたくて、でも絶対に会ってはいけない人がいるからだ。会いたい。でも、会いたくない。

 ノックする音が響いた。Azaleaは、Mercurioあたりだろうと思って、簡単にドアを開けてしまった。Princeへの言付けを彼に頼めば良いと思って。
 しかし立っていたのは、まさしくAzaleaが想っていた、どんなに会いたかったかわからない、短い金髪の男だった。

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