かくもあらねば/17/10

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Holorifleに狙い撃たれた巨大な青い肌の生き物は、青白く輝きながら叫んだ。
「Dogを傷つけるのか!? 殺すのか!? だったらおまえを殺してやる! 食ってやる!」

空になったMicro Fusion Cellのカートリッジを排莢して、SiはHolorifleを構えなおして溜め息を吐いた。Ghost Peopleの四肢を吹き飛ばすほどの威力があるこのライフルに撃ち抜かれたというのに、Nightkinは僅かに怯んだだけなのだ
(まったく、無茶を言う………) 
連射はできないでもなかったが、Siはすぐには撃たなかった。できるだけ弱らせ、しかし殺さないようにしてくれ、というのがKutoの頼みだったからだ。

殺せ。あのFEVから生まれた化け物は、もう利用価値はない』
それがカジノの厨房の瓦斯の元栓を開放し、今にもカジノを火の海にせんとするDog/Godに対しての、Elijahの言葉だった。
「ということは、逆にいえば、わたしたちには利用価値があるかもしれないということです」
対するKutoの言葉がこうだった。

言わんとしていることは理解できる。Siたちが生きてこのSiera Madreから逃げ出すためには、このカジノの中でElijahを殺して逃げなければならない。このカジノの中では、Elijahはすべてを思いのままに動かせるわけではないのだ。殺してしまえば終わりで、しかし彼はなかなかSiたちの前に姿を現さない。今は彼にとっての不確定要素を増やし、彼がSiたちの前に出てくるのを待つしかないのだ。
殺せと言われたDog/Godは、Siたちにとっては良い不確定要素だった。味方につけることができれば、有利になることは間違いない。
(だがどうやって味方につけるというのか)
僅かばかりの時間が稼げたとて、相手は狂ったNightkinだ。説得が通じる相手ではない。瓦斯の元栓を止めるところまでは成功したものの、相対することになってしまっては、どうしようもなかった。

突貫しようとしてきたDogに向けて、もう一発SiはHolorifleの弾丸を見舞った。おそらく戦前の機構を用いて作られたのであろう銃から射出されたエネルギー弾は、効いてないわけではない。口内か眼球か、いずれにしろ皮膚の厚くない場所に向けて連射をすれば、倒せる。Siは、迷った。Kutoの頼みを聞いてまだ時間を稼ぐか、それとも殺すか。
「Si………」
耳元に届いたのはSumikaの声で、SiはそれでDogを殺すことを諦めた。彼女は、どんな生き物でも殺すことを潔しとしない。やれるだけ、やってやる。

「Dog!」
威嚇のためにHolorifleを構え直したSiが聞いたのは、Kutoの大声だった。振り返ると、彼女はキッチンテーブルの上に、その辺に落ちていたのであろう白骨化した死体の頭部を乗せ、その上に手を置いていた。
「わたしはあなたの主人です。だから、言うことを聞きなさい」
Kutoは落ち着いた口調だった。なにやら、絶対的な自信があるようだが、何処からその自信が沸いてくるというのだ。平時ならともかく、今のDogが狂騒状態にあるのは明らかだ。あの骨に、何か特別な意味があるとでもいうのか。

DogはじぃとKutoを見つめた後、首を振った。「違う。おまえはDogのMasterじゃない」
駄目か、とSiはHolorifleの引き金に力を込めたものの、寸前で思いとどまった。この状況は、Dogを殺す明らかなるチャンスだ。そのチャンスが生まれているということは、Dogは先ほどまでとは違い、こちらの話を聞く余裕があるということだ。もう少し待ってみても良いかもしれない。
「Dogはあの声を燃やさなくちゃいけない」というDogの声は、未だ乱暴さは残るものの、理性の秘められたものだった。「あの声は、五月蝿い。だから、燃やす。おまえは、どうでも良い」
「いいえ、わたしはあなたのMasterです」


Challenge(Kuto): Speech 50
→Success

Dogは唸り、二歩ほど後退した。

その隙にSiはKutoに近づき、「おい、なんだこの骨は」と尋ねる。
「そこに転がってました」
「じゃなくて、なんで骨なんだ」
前に見たNightkinは、こういうのを崇拝してたんですよ」それよりも、とKutoはDogから視線を外さずに言う。「ちょっと黙っててください」
言われ、SiはHolorifleを構えたまま肩を竦めた。

「さっき、声が聞こえるって言ってたよね」とKutoの説得は続いた。「その声は、どういうふうに見える?」

Challenge(Kuto): Speech 85
→Success

「見える?」
「声を発しているのは、だれ?」
「Dog」
「声が聞こえるのは、どこ?」
「Dog」
「あなた自身ね?」
Kutoの声は、語りかけるというよりは、わかりきっていることを確認するかのような口調だった。
「そう」
「その声はあなたのものね?」
「そう」
「あなたはいっぱいいるけど、ひとりになったほうが便利じゃない?」
「ひとりに?」
「そう、水みたいに溶けちゃうの」

問答を続けるSiとDogを、SIは無言で見守った。
果たしてどうなるかと思っていたが、やおらDogは倒れた。どうしたのかと、銃口を逸らさずに構えていると、KutoがHolorifleの銃口をそっと掌で覆った。もういい、と、そんな表情だった。
SiはHolorifleを肩にかけ、しかし安全装置は入れなかった。何が起こるか、Siには予想がつかなかった。

Dogはすぐに起き上がった。彼はゆっくりと辺りを見回すと、先ほどまでの飢えた獣のような声とはまったく違う声質で、こう言った。
「ここはどこだ? あんたらは?」
Kutoは肩を竦めて応じた。「それを説明するのは、ちょっと難しそうですね」


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