天国/03/11

293日目

カルラディアも新年を迎えた1月、セドの軍勢はロドック王国とスワディア王国の国境にいた
ロドックはつい先日まで交戦状態にあったノルド王国と休戦条約を結んだものの、スワディア王国と戦争を開始したのだ。一家臣であるところのセドには、その戦争がどちらから仕掛けられたものなのかは知らない。大事なのは、情勢と任務だ。

「セドよ、戦争は始まったばかりゆえ、われわれはこの辺りの街や村々の情勢に詳しくはない。ゆえに、そなた、少し探ってきてくれぬか」

ロドックの街、ヴェルカを出発した総勢800名を越すロドック王国の軍隊は、国境付近のロドック王国の領地、グリュワンダー城にて駐屯した。
セドは元帥のグトランス卿に呼び出された。そして告げられたのが、周辺探索を命じるその言葉だった。

ロドックに身を置くようになってから、待遇は悪くない。ウィーヤ城を脅かされるようなことはないし、無理な徴税も命じられない。その分、働かねば、という気にはなる。
そういうわけで、早速セドは手勢110名を率いてグリュワンダー城を出た。探れと命じられた場所は3点。セヌツダグ城、エミリンの村、ブルグレンの村である。

ブルグレン、エミリンと村々を周っている間は簡単なものだった。何しろセドたちは元は隊商隊だ。隊商を名乗れば簡単に村には入れる。
そうはいかないのがセヌツダグ城だ。丘の上に居を構え、見下ろすようにして国境を監視しているその城には200を越える兵士が駐屯しており、関所の目も厳しい。

「どうするんだ」と近くの森で関所の様子を見ていると、レザリットが尋ねてくる。「この人数、さすがに入れないぞ。交戦状態になる」
「わたしがどうにかして潜入してみる」
「隊商としてだと、何かしら商売をしないと怪しまれるぞ。残念ながら、売るようなもんはない。買い付けにしても、余計な金はない」

しばらく相談の上、セドは巡礼者としてセヌツダグ城に潜入することになった。
武器は棒と投げナイフだけ。敵の将だと知れたら命がないだろう。セドは慎重に関所を通り抜け、城へ入った。散歩するふりをして、兵数や城壁、馬の数などを計上していく。

「おい、そこの。何をしている
城を見回る兵士に声をかけられたのは、塀の上に登り、注意を兵舎に向けているときだった。

セドは素早く顔を伏せ、兵士に向き直った。声をかけてきた兵士は3人、いずれもピックと盾で武装しており、杖代わりの棒では勝ち目がない。
「いえ、ちょっとお城を見ていただけでして」セドは腰を低くして応じた。ついでに笑っておく。三下っぽく。「へっへっへ」
「怪しいな」笑ったのがいけなかったらしい、兵士はそう言ってセドの腕を掴んだ。「ちょっと来い、取調べを行う」

セドは手を振り払った。綿密な取調べを受ければ、セドがロドックの将であることなどすぐにばれてしまう。逃げるしかない。
返す手で懐の投げナイフを抜く。セヌツダグ城へ向かうとき、何かあったら使えとクレティから渡されたナイフだ。
ナイフは兵士の腕に突き刺さる。呻いた兵士を棒で殴りつけ、セドは逃げた。塀を飛び降りる。

隊の野営地まではすぐに辿り着いた。安堵と焦りが入り混じった表情のレザリットとクレティが出迎える。
「目的は果たした、逃げよう!
セドの合図で隊は出発した。一路、ロドック領へ。

しかし事はそう簡単には進まなかった。グリュワンダー城へ駐屯するグトランス卿の本隊へと向かいたいのだが、そちらへの道にはスワディア王国の軍勢が見えた。
スワディア王国軍の主力は騎兵隊だ。セドの軍も騎馬が多いとはいえ、士気も高いスワディア騎士に追いかけられてはたまらない。そのため、セドたちは直接グリュワンダー城に向かうのではなく、北部プラヴェン方面からロドック領に入るルートを選択した。こちらもスワディア領ではあるが、スワディア騎士と正面からやりあうよりはましだ。

プラヴェン方面へと進んで1日、あと少しでロドック領というところでセドたちはスワディア王国の騎士団に出くわした。率いているのはハリンゴス城の領主、デスピン卿。総勢130
数の上では互角。しかしセドは逃走を選択した。こちらの兵はロドックとサランの混合軍で、錬度も低い。対して相手は錬度の高い騎兵主体だ。数は同じでも、勝てるはずがない

ハリンゴス城を抜け、この橋を抜ければあと少しでロドック領というところで、セドたちはデスピン卿の部隊に追いつかれた。
戦うしかない。
否、違う方法もある。今までは全隊で逃げてきた。しかし殿に誰かしらを配置して時間稼ぎに努めさせ、騎馬隊だけで進めばまだ逃げられる。だがその殿の部隊は確実に死ぬだろう
決断を問う視線をレザリットが向けてくる。
戦えばまず確実に部隊の2/3は壊滅する。逆に殿を配置して時間稼ぎをさせれば、1/10程度の人数を犠牲にすれば良いだけとなる。数だけを見れば、確実に後者のほうが有利だ。見捨てたくはない、しかし。

セドが決断をしようとしたとき、急に後方の騎馬軍の足音が聞こえなくなった。スワディアの騎士隊の追跡が止んだらしい。しかしここはまだスワディアの領土のはずだ。追跡をやめる理由がない。

いぶかしみつつも、セドたちはロドック王国、マラス城まで逃れた。城主、トゥリンバウ卿によって出迎えられる。
彼の説明によれば、ロドック王国とスワディア王国は休戦協定を結んだらしい。結果的にセドの作戦行動も無駄にはなってしまったが、隊に犠牲を払わずに済んだ。
「しかし、あなたは単独の軍で、なぜあんなところに?
城主の間で、三十過ぎであろう黒い髪と髭の男、トゥリンバウ卿はそう尋ねてくる。
セドが作戦行動を行ったことを説明してやると、彼は感心したように頷いた。
「なるほど、あなたは勇敢な方ですね。もしよろしければ、わたしと結婚していただけませんか?
「は?」



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