天国/02/03

24日目

街路で絡まれていた女を助けたのは、ベージャー王国のレーヴァティンの街で新たな仕入れをしていたときだった。

ノルド王国での海賊退治で多くの金を使った。海賊たちから奪った金品や捕虜を奴隷商に売ることでいくらかの利益は出たものの、一度敗北したことによる代償は大きかった。肥大した隊を纏めるためにも金は必要で、ここ最近は父に従っていた頃のように真面目に商売に取り組んでいた。

あまりにも真面目に買い付けをしていたため、宿に戻るのが遅れてしまった。もう夜更けだ。発展した街といえど、夜の闇の中には何が潜んでいるかわからないものだ。腕にある程度の覚えはあるが、追い剥ぎとはいえ複数人に囲まれてしまうと逃げることすらままならなくなってしまう可能性もある。

宿へと戻る途中に聞こえてきたのは女と男が争う声だった。できれば関わりたくないウルだったが、つい声に反応して声が聞こえたほうを見てしまった。裏路地で言い争っていたのは女ひとりと3人の男だった。
女は幼さが残る程度に若かったが、美しい容姿をしていた。そのためにすぐにその場を立ち去ることができなかった。おかげで目をつけられた。女のほうに。助けを求められてウルは男たちを追い払う。簡単なものだった。

「助かったぞ」と女が笑顔でウルに近づき、手を握った。汚れた手だった。
ウルは関わり合いになりたくなかった。容姿や服装を見たところ、売春女だろう。何の言い争いをしていたのかは知らないが、ウルには余計な出費をする余裕はない。手を振りほどき、頷いてその場を去った。

宿に戻ると生真面目なマルニドはリーダーのウルを待っていたのか、それとも単に仕事が残っていたのか、酒も飲まずに酒場で帳簿をつけていた。
彼は宿に戻ってきたウルを見て、「だれですか、その娘は?」と言った。
言われて振り向いて、ようやく背後に先ほどの女が立っていることに気付いた。
ここがおまえの泊まっている宿か」と女は両手を広げて一回転しつつ酒場の中央に進み出る。「まぁまぁだな。それで、おまえ、いくらで買えるんだ?
買わん。他を当たれ」
「ウルどの、その娘を買ったんですか……」マルニドが軽蔑の眼差しを向けてくる。
「買ってない」
「そうだ、買うのはわたしだ」女が胸を張る。「ウルギット、いくらで買われてくれる?」
「は?」ウルは思わず首を捻る。「なんなんだ、おまえは」
「よくぞ聞いてくれた。わたしはイソラスワディア王国の正当なる王だ
「スワディアの王はハルラウス王だろ」

馬鹿なのか、と言いかけてウルはやめた。本当に目の前の娘は頭がおかしいのかもしれない。そうだとすれば、頭がおかしい人間におかしいということを指摘してもどうにもならない。
「馬鹿なんですか」
しかしマルニドが言ってしまった。
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」イスラは唇を尖らせる。「父エステリヒの子はわたしだけだ。父は有力な貴族たちを集め、わたしが正当な世継ぎであることを確かに認めさせたのだ」
「女が王ってのは、聞いたことありませんね」とマルニド。
「うむ。父の死後、父の従兄弟であったハルラウスもそれを主張し、父がわたしを王としたのは狂気の沙汰だと主張したのだ。狂っていたのだと」イスラは俯く。「ハルラウスはわたしを押しのけ、そして玉座に着いた」
「で、その正当な世継ぎがレーヴァティンの街でなにを?」
軍を集めているのだ。わたしが正当な王であり、わたしと、そしてわたしの亡き父に忠誠を誓う軍を。女王でも王冠を被れることを、玉座につけることを見せ付けてやるのだ。そのための足がかりに」イソラはウルを振り返る。「おまえだ。おまえがわたしの最初の配下になれ。ウルギッド

ウルはイソラを酒場から追い出した。

宿酒場のドアを叩き、開けろ、仲間になれ、女をひとりで外に放り出すつもりか、などと叫んでいたが、無視して閂をかけた。 
「あんた、厄介なのに目をつけられたな」今まで傍観していた酒場の主人が笑った。
「知り合いか」ウルは溜め息をついてエール酒を注文した。
名物だよ」主人は笑いながらエール酒をジョッキに注いだ。「自分でさっき言ってたとおり、正当な王位継承者だと説いて回ってるやつだよ。自国内で王位を主張すれば命を狙われるからな、たいていはこうやって敵国に居着いてるのさ。あんた、レーヴァティンやらティールやらのトーナメントで優勝した事があるだろう。目ぇつけられたな」
「本当に正当な王位継承者なのか?」
知らんよ」酒場の主人は鼻で笑った。「ま、頭がおかしいんだろうさ」
「路地で何かやっていたようだったが………」ウルは出会ったときのことを思い出して言う。
「そりゃ、あの顔で頭があれだからな、売春婦としては人気があるよ。他に生活の術がないからな」
ウルはエール酒を飲み干した。

翌日、ウルたち一行28人はスワディア王国へ進路をとった。


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