展覧会/『KEYMAN』

12月 18, 2015
 ヒーローがヒーローであるのは巨悪と戦っている間だけだ。
 倒すべき悪がいなくなれば、巨悪と戦うほどの強大な力を持ち、異常な外見のヒーローが今度は逆に迫害される。

 そんな話は珍しくはなく、だから人々はサーフ村を爆弾で吹っ飛ばしたりするのだ。

『KEYMAN』

(わらいなく/徳間書店)


『KEYMAN』4巻P174より
寿司屋だと光物ばっかり食べている。

 とまぁ、そんな出だしで始めれば、この『KEYMAN』という漫画は、ヒーローであるキーマンが超人的な能力による正義を執行しつつ、その強すぎる力に葛藤する話なのだな、なんていうふうに予想される方もいるかもしれないがぜんぜん違う
 そうなるはずがないのだ。

 その理由は幾つかあるが、大きなものは2つだろう。
 まず1点として、5年前、ロックヴィル市に突如として現れた全身タイツスーツにマントを羽織ったアメリカコミック的見た目のヒーロー、キーマンは確かに超人的な能力を持っていた。
 彼は機関銃に撃たれても弾丸を弾き返し、ナイフを素手で受け止め、さらには空を飛んでみせたうえ、その力を行使して犯罪者を取り締まり始めた。


『KEYMAN』1巻P23より
物語の鍵となる人物、まさしくキーマン。
だが鍵は鍵に過ぎない。

 だがキーマンはそのことに対してなんら葛藤することなどなかったし、何よりキーマンはすぐに死んでしまう。
 そんなネタバレして良いのか、という気がしないでもないが、あらすじにも載っていることなので問題なかろう。
 
 超人的な能力によってロックヴィル市に平和と混乱と暴力を齎してきた存在、キーマンの死亡。
 物語はここから始まる。


『KEYMAN』1巻p38より
キーマンの死。

 さて、もうひとつの点――ヒーローの葛藤物語にならない理由に関してだが、キーマンはそこまで異形ではないが、通常の人間と比較すると、多少なりとも違いがある。明らかにマッチョであり、顎の装飾でよくわからないとはいえ、きっとケツアゴだ。間違いない。ヒーローとはそういうものだ。

 力や異能だけではなく、見た目から異形で、しかもケツアゴとなれば、そんな存在は、一般に受け入れ難いのではないだろうか?


『KEYMAN』2巻P75より
空を飛び、陸を駆け、怪力を振るう。
それがヒーローの条件なのか。

 いや、少なくともこの世界では違う。この『KEYMAN』の世界では、ケツアゴだろうが何だろうが許されるのだ。
 というのも、彼だけ――キーマンだけが異形というわけではないからだ。

 この世界には獣人が存在しているのだ。読んで字の如く、獣の見た目を持った人間たちが。


『KEYMAN』1巻P51より
約40年前、突如として獣人が現れた。

 いわゆる獣人と呼ばれる存在が物語に登場してくると、それは多くの場合は原住民の暗喩で自然とともに暮らしている存在であるか、科学的な力によって人と獣とを無理矢理に合成したキメラであるか、だ。
 だが『KEYMAN』における獣人はそのどちらでもない。

 彼らは40年前、突如として人間に混じり始めたのだ。


『KEYMAN』5巻174より
現れて20年、その差別の意識はまだ根強かった。

 そう、キーマンより遥か昔に、キーマンより遥かに異常な形態を持った人々がいたのだ。しかも彼らは人間の胎から人間と同じように、しかし明らかに人間と違った姿と性質を持って生じた。

 本来であれば、出産というものは祝福されるべきことである。幸福に溢れるべきである。明るい未来に繋がるものである。
 で、あれば、幸福に対する期待が大きければ大きいほど、産まれおちたものとの落差は衝撃となって親の心を貫く。

 彼らの多くは親に捨てられ、蔑まれながら生きてきた。
 

『KEYMAN』3巻P62より
獣人は人でありながら獣であり、獣でありながら人である。
であるがゆえ、彼らの力は時に常人のそれを上回る。

 生きてきた。

 だから辛いこともあった。
 だが良かったことも、あった。なかったやつは、たぶん、死んだ。ほんの僅かな幸福と幸運を掴んだものだけが生き残った。

 産まれてから今日に至るまで、異形の形態で、異形の性質で生きるのは簡単ではなかった。
 それでも……、彼らは生きてきた。

 生きてきたからこそ今がある。戦い続けたからこそ今がある。
 20年……、いや、そのくらいではまだ蔑まれていた。40年。それだけの時間が経って、ようやく彼ら獣人は人間の生活の中に溶け込むようになった。かろうじて、ようやく。
 彼らの異形に比べれば、キーマンの異形などどうってことはない。


『KEYMAN』2巻P57より
出現から40年。獣人は人と同じく生きている。

 魅力的な人物が数多いるが、この物語の主人公はロックヴィル警察の警部であり、恐竜の獣人であるアレックス・レックスであろう。
 酒に弱く、別れた元妻にも弱く、かっこつけで、それでいて強い。

 彼は己が獣人の身であり、未だ獣人が異形であり、人とは違う存在であるということを知っている。彼は経験的に、人と獣人がそう簡単に融和できるものではないと知っているのだ。
 それを知りながらもなお、彼は人と獣人を分け隔てることなく、ただ平和のために戦い続けている――ひとりの刑事として。

 アレックス・レックス。キーマンではない、彼こそが真のヒーローだ。


『KEYMAN』3巻P42より
戦えぼくらのアレックス。
あとアーロン。

 アメコミ調の表現と高い画力に心躍る物語。H社の営業、F氏にもお勧めだ。
(『KEYMAN』(わらいなく/徳間書店) レビュー)

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